Short Story

□変態馬鹿夫は素敵な夫。
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尼寺から城へ戻って十日余り。改めて自分が誰に嫁いだのかを思い知らされている。

「あんたって大名だったのよね」
「Honey?」
「あたしにとってあんたは鬱陶しい馬鹿って印象の方が強いからこういうのを見るとなんか変な気分だわ」
「Honeyは奥ゆかしいんだな。そんな所も愛してるぜ」

腰に手を回してきたかと思えば唇まで寄せてきた年中発情馬鹿の腹に肘を打ち込み顔を押しやって、重ねて置かれた文の一番上のものを手に取って開いた。中に書かれているのは私の懐妊祝いに送られた品々の目録だ。

尼寺から戻るなり政宗は私の懐妊を公のものとした。私と要る時の政宗がどれだけ変態で馬鹿で鬱陶しい男でも、政宗はそれなりに広い領地を治めたくさんの家臣を従えるお殿様だ。そんな男の唯一の妻が第一子を懐妊したとなれば家臣から祝いの文やら品が届くのは当然のこと。だけど城下街の長屋で生まれ育った元町民の私にとって送られてくる祝いの品々の豪華さに戸惑うばかりだ。

鼈甲の櫛や漆塗りの文箱、螺鈿の鏡とどれもこれも昔の私だったら手にするどころか一生掛かっても眼にすることすら無かっただろう品々ばかり。おかげで祝いの品が届けられる度に政宗がどんな立場にいるのかを思い知らされている。さらに言えばなんで町民出身の私がこんな男に嫁いでいるのかわけが分からなくなる時もあったりする。それくらい祝いの品々は豪華なのだ。

「失礼致します。政宗様、奥方様、お目通りを願う方が参っております」

べたべたくっついてこようとする政宗の脇腹に今度は容赦なく拳をめり込ませていたら侍女の一人が来て来客を告げた。政宗から一領地の統治を任されている者の一人が直接お祝いの言葉を言ったり品を渡すために駆け付けたのだろう。懐妊を公表してからそういった人達が何人も登城してきたから分かる。しばらくは慌ただしくなるとあらかじめ教えられてはいたけれど、予想以上の状況にさすがに疲れる。

「Honeyはここに居てくれ。俺一人で大丈夫だ」
「そう? ありがと」

立ち上がる前に口付けてこようとした政宗を今度は拒まず、眼を閉じて触れるだけの口付けを受け入れた後に政宗を見送った。

毎日のように訪れる人達の応対に私が疲れてしまっているのを政宗も分かってくれているのだろう。一言も「疲れた」と口にしていないのに。だから口付けを許してあげた。何もかもを拒んでいたら可哀想だしね。それに適度に甘やかしておかないと後々鬱陶しいことになる。

見終わった目録と一緒に祝いの品々を片付けてくれるよう侍女にお願いし(命じるのはまだ慣れない)、ついでに政宗が戻ってきたらお茶を持ってきてくれるよう頼んだ。

「ふぅ…」

一人になると無意識にため息をついていた。文机の上に残された目録では無い文を手に取る。病だったり高齢だったりと、何らかの理由で代理の者を寄越した家臣からの祝いの文。

「分かってたつもりだったんだけどなぁ」

文には懐妊のお祝いや無事の出産を祈る内容が書かれているのだが、どの文にも多少文言は違うけれどこれで伊達家も安泰といった感じのことが書いてある。家を継ぐは男児の役目。つまり暗に腹の子は男が望ましいと言ってきているのだ。もしかしたら中には男児以外は必要無いと思っている人もいるかもしれない。

身分が高ければ高い程、跡継ぎとなる男児が強く望まれるのは頭では理解していた。だけど祝いの言葉の端々に込められた期待の大きさはあたしの予想を遥かに越えていた。

直接祝いを言いに来た人達の応対に疲れてしまったのも、文を送って寄越した人達のように男児を期待しているとしか思えない言葉を言われるからというのもある。それほどに周りからの期待という名の重圧は私の心に重くのし掛かっていた。


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