Short Story

□後編
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「懐かしいわね」

清々しい、朝らしい朝に思わず感慨深くなってしまった。政宗と結婚してからは毎朝奴の口づけと腰に来る無駄に色気を込めた声で起こされていた。しかも夜の情事の激しさで体の怠さやらあちこちの痛みやらまで付いてきた。

結婚前もたまに朝っぱらから政宗が来やがるせいでおちおち寝てもいられなかった。婚姻前の年頃の女の家に無断で上がるなと言って聞くような殊勝な男じゃないのだ、あの馬鹿は。むしろ「Honeyの寝顔も寝起きも俺のものだ!」と訳の分からない主張をしてくる始末だった。

だからこんなに清々しい朝らしい朝はいったいいつぶりか。二年にはならないのだけど政宗と出会ってからの日々が濃すぎて十年以上味わっていないかのように錯覚してしまいそうだ。

そんなことを思っているうちに侍女達も起き出してきて朝の支度が始まった。読経の声が微かに聞こえてくるから尼寺の方々はあたし達よりも早く起きて朝のお務めをなさっているのだろう。

尼寺にお邪魔しているとは言っても僧籍に入るためでは無いから彼女達に倣う必要は無いけれど、お世話になっているのだからと途中からだが朝のお務めに参加させて頂いた。それが終わると少し遅い朝食となる。

お寺の方々を始め皆精進料理だけれど懐妊中で腹の子の分も栄養を取らねばならないあたしだけは特別におかずが多かった。

朝食も終わり一息ついていた頃に政宗から文が来た。半ば予想しながら文を読み、あまりにも予想通りの内容に軽い頭痛を感じてしまった。

「だからはにー不足って何よ、はにー不足って」

若干の苛立ちを込めて呟きながら文を屑箱に投げ入れた。何かある度言う度に、毎度のように政宗は「Honey不足で俺ぁ死んじまう!」とほざく。あたしが不足しただけで死ぬわけないだろと飽きれ混じりに流すのも毎度のことだ。

政宗は今回もそれを言ってきた。一人寝の夜は寂しい。一人きりの食事は寂しい。一人きりの入浴は以下略。

昨日私と別れてからの行動のほぼ全てに対してあたしがいなくて寂しいと訴える内容だった。そして締めが「Honey不足で今にも死んじまいそうだ」だった。

帰って来いやそれに類する言葉を書かなかっただけ良しとするべきか、それとも一々女々しいと怒るべきか。

「離れていてもあたしを悩ませるのね、あの馬鹿は」

頭痛が酷くなった気がする。気晴らしに境内をのんびり散歩したり、参詣にいらした方や夫との離縁を求めてここへ逃げてこられた方と他愛ない話をしている内に昼が過ぎ夕方になった。

今度は小十郎様からの文が届いた。とりあえず政宗は政務はきちんとこなしているらしい。多分以前にあたしが「政務をしている時のあんたってカッコイイのね」と言ったことがあるのも関係しているだろうと思う。その後に「どうしてあたしと二人きりになるとあんなに馬鹿になるの?」という言葉が続いたけど。

とにかく政務に支障が無いようで安心した。政務は政宗が治める土地とそこに住まう全ての民に影響する。だからそれに支障が出てしまうなら城に帰るしかないと思っていたのだ。

でも心配は無くなったから、心置きなく政宗が懐妊中と子供に関する取り決めを書いた紙に署名してくれるのを待つことが出来る。もし臨月になっても署名しないようなら離縁をちらつかせる考えもあるけれど、そこまであいつが馬鹿じゃないことを今は祈ろう。


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