Short Story

□変態馬鹿夫と苦労妻、授かる。前編
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とうとうその時が来た。でも聞いた瞬間、喜ぶよりも先に眉間に皺が寄った。零れ出た言葉は「どうしよう」。

少し前から体調が悪かった。と言っても体が怠いとか微熱程度で寝込むほどではなかったから夫のせいによる疲れ(いろんな意味で)が出たのかなと思っていた。

けれど初潮が来てから毎月きちんと来ていた月のものが三月近く来ていないことに気付いた時、体調が悪いのは別に原因があるのではと思い至った。

結婚からおよそ十ヶ月。毎晩のように疲れ果てるまで求められていたこの身だから不思議はない。それでも周りを糠喜び(特に夫を)させたくないと思い昔馴染みに会ってくるとだけ言って結婚前まで住んでいた長屋に行き、近所に居た産婆のお玉さんを訪ねた。突然の訪問でも嫌な顔せず快く招き入れてくれたお玉さんに診てもらい言われたのは、

「おめでとう。美夜ちゃんも母親になるんだねえ」

お玉さんは産婆歴四十年。間違えるはずが無い。私は懐妊したのだ。けれど喜ぶよりも先にこれから待ち受けるだろうことを想像してしまい、眉間に皺を刻み困り果てた言葉を呟いてしまった。心配するお玉さんに戸惑っただけと言って安心させてから帰途につきながら考えるのは今後の対応だ。

長屋育ちで町民出身の私の夫は信じられないことにここ奥州を治める大名、伊達政宗だ。何の因果か彼の側近中の側近である片倉小十郎様の義妹となることで身分差を埋めて政宗に嫁いだ。故に産まれくる子との生活への不安は全く無い。

にも関わらず眉間に皺を刻んでしまったのは政宗の愛情表現が理由だ。臣下の前では奥州筆頭らしいかっこよく頼もしい姿を見せる政宗は、私と居る時にのみ愛情表現過多の変態馬鹿になる。二重人格かと疑いたくなるほどに。

私にしか見せない私的な姿なのねと喜ぶことなんて到底出来ないほどの変態っぷりと馬鹿さ加減だ。どついても罵ってもへこたれないどころか「Honeyの愛情表現は激しいな」と嬉しそうに笑う始末。愛情表現が激しいのはあんただ! そんな彼が私の懐妊を知ったらどうなるか。答えなど考えずとも分かる。

ちょっと出歩けば何かあったらどうするんだ体を大事にしろと部屋から出ることを禁止するだろう。そして子が産まれ、その子が女児だった場合は馬鹿夫は馬鹿父へと変わるだろう。

産まれたばかりでも将来は誰にもやらないとか俺を倒した男の元へしか嫁がせないとか阿呆かとしか言いようのないことまで言いそうだ。産まれる前でも女児だとしたらと想像して言い出しそうな気もする。独眼竜に勝てる男なんてそうそう居るとは思えない。それこそ政宗が老いてよぼよぼになるまで無理なんじゃなかろうか。

以前に将来懐妊した時のことを考えて政宗にいろいろと我慢をさせたことがあったけど、あいつが我慢出来たのはしなかった時の罰則回避のためか将来のことを考えてのことなのかが分からない。後者なら心配は消えるんだけど……。

「とにかく、何か対策をしなくちゃいけないわね」

帰ったら小十郎様に相談しよう。小十郎様は私以外で政宗がいかに変態馬鹿なのかを知っている唯一の人物だ。必ずや助けになってくださるはず。


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