Short Story

□変態馬鹿夫と苦労妻。
1ページ/3ページ


「good morning Honey」

腰を瞬時に砕けさせ、思考さえ甘く蕩けさせてしまうほど低く耳に心地好い声。そして優しく頬から鎖骨へと降りていった手が夜着の合わせから中へと侵入してきた。

こんな声で起こされながらそんなことをされたら寝起きだとか朝だとかに関係なく淫らな行為に耽ってしまうのだろう。普通は。だけど生憎と私はそうじゃない。

「二つ数える間に離れないとしばらく口聞かないわよ」

目を閉じたままこちらもわざと低い声で(ただし不機嫌丸出し)呟く。覆い被さっていた気配が「NOォーッ!」と叫びながら素早く退いた。

そうしてから私は目を開けて布団から出て「Honeyィ〜」と情けない声で呼んでくる夫を完全無視して隣室に移動し着替えをする。高頻度で夫が覗いていて、「Honeyのせいで勃っちまったぜ」となぜか格好を付けながら半裸で現れるがそれも無視。しつこい場合はにっこり笑って夫がデレっとした隙を突いて股間を蹴る。

着替えが終わると食膳が運ばれてくるため悶絶する夫の頭を叩いてさっさと朝食を済ませるよう言う(いつまでも片付けないのは侍女らに迷惑だもの)。ここでも夫は「あーん」などと言ってくるが無視。しつこい場合は頬に箸をぶっ刺す。

これが結婚以来あたしの日常となりつつ朝の風景。あたしの名は美夜。夫の名は政宗。詳しく言うなら奥州筆頭伊達政宗。そう、奥州を統べるそのお人。

なんの因果かただの町民でしかなかったあたしはお忍びで城下街に来ていた政宗に一目惚れをされた挙げ句いろいろあって雲の上の人だった政宗に嫁いだ。

けれど、政宗はとんでもない問題男なのだ。臣下の前ではキリリと引き締まった顔でいつも余裕と不敵を内包した眼差しをし、この人に着いて行きたいと思わせる雰囲気を発している。

なのに私を前にすると変態と馬鹿の代名詞としか思えない男に成り下がるのだ。デレデレと笑み崩れた顔ではにーはにーと言いながらベタベタと引っ付いてこようとする。引っ付いてくるだけならまだいい(ほんとは良くないけど)。

一番の問題は変態の政宗がしょっちゅう発情すること。はにーが可愛いのがいけないんだぜ? とか阿呆丸出しのことを言って盛りやがるのだ。いけないのはお前の頭だ。おかげで結婚後もあたしの気苦労が堪えない。

どうにかしたいのだけど、政宗が変態馬鹿になるのはあたしと二人きりの時だけだから周りに相談することも難しい。だって腐ってもあいつは奥州筆頭なんだもの。

一応政宗の側近中の側近の小十郎様も知ってはいるけれど、執務に影響は出ていないからか何とかしようとはしてくれない。自力でどうにかしなきゃならないってわけ。

結婚して三月、悩みと苦労のせいかまだ若いのに白髪を五本も見つけてしまったある日、侍女の一人が面白い話をしてくれた。

「夫婦で決め事を?」
「はい。夫は浮気が酷いのでそれを防ぐためにいくつか決め事をして紙に書いたのです。そのおかげで今のところはですが浮気は落ち着きました」

決め事、か。政宗の場合は浮気なんて考えられないけれど夫婦間の決め事を作るのは良いかもしれない。あたしは早速その日のうちに行動に移した。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ