Short Story

□変態馬鹿殿と苦労娘。
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仕事帰りの足が重い。茶店で働いてて一日中立ちっ放しだから疲れもある。でも一番、というか大半の理由は帰宅したらいるであろう存在のせいだ。

家に着く。でもすぐには入らない。深呼吸してすぐにどんな風にも動けるよう準備を整える。そして気合いを入れて戸を開け放つ。

「待ってたぜ、Honey」
「勝手に人の家にしかも留守中に入るなと何度言ったら分かるのよこの馬鹿殿がぁー!!」

即座に炊事場に向かい置いてある洗い用の桶を両手で持ってぶん投げる。けど相手は竜の異名を持つ名高き武将だ。当たる前にやすやすと受け止められてしまう。

「今日もHoneyの愛は激しいな」
「愛してないしあたしはあんたのはにーじゃないって言ってるでしょ!」
「相変わらず素直じゃないな。ほら、可愛がってやるから来な」

庶民の長屋には不釣り合いな絹製のふっかふかの布団をぽんぽんと叩く馬鹿殿に、頭のどこかで何かが切れる音がした。



目の前にいるいる男の名は伊達政宗。詳しく言うなら奥州筆頭伊達政宗、だ。

その名の通り奥州の地を統べる男。

なんでそんな雲の上のお方がこんな隣の家の物音が丸聞こえになるくらいうっすい壁で区切られた庶民の家、長屋に居るのかというと事の始まりは一月前。

『あんたを一目見て惚れた。結婚してくれ!』

と突然家に来て頭がオカシイとしか思えないことを言ってきてたのだ。

顔は知っていた。彼の居城の城下街に住んでいるから出陣する際の行列を見ることもあるし、なによりしょっちゅうお忍びで街に来るからだ。

お殿様なのに身分を感じさせず気さくに庶民と触れ合い、統治能力も高いため人望も篤い。だけどいくらなんでも庶民のあたしとじゃ身分が違い過ぎる。一目惚れしたからさあ結婚しようなんて馬鹿な話が通用するわけが無い。

そもそも、あたしはこいつのことを好きじゃない。嫌いというわけじゃない。自分が住む場所を統治している人、という認識しか持っていないだけ。

最初は身分が違いますからと控え目に、次にははっきりと嫌ですと断った。けれど奥州筆頭の頭の中は常に花咲き乱れる春らしく、何を言っても、

「照れてるんだな。そんなHoneyも可愛いぜ」

とまともに取り合ってくれない。そんなもんだからこっちもお殿様だからとそれなりの態度を取るのが馬鹿らしくなって今じゃ遠慮なんか全く無い。

殿様だろうがなんだろうか知ったことか。こんな常春変態馬鹿殿相手に礼儀正しくするくらいなら野良犬にした方ががマシってもんよ!


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