SS

□忍の心を揺らした少女。
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あんな女に美夜ちゃんを殺させて良いのか?


ふいに浮かんだ感情に戸惑う。美夜ちゃんはただの調査対象だ。それ以上でも以下でもない。彼女を助けるのは伊達家お抱えの忍の仕事で俺様のすべきことじゃない。

「私は、許婚なんかじゃない……」

泣きながら話す美夜ちゃんの姿は見ているだけで痛々しかった。偽の許婚という立場がそれほどに悲しく辛いのか。

「お前、政宗様に恋をしてしまったのね」

「え……」

呆けたように固まる美夜ちゃんを見て、やっぱり無自覚だったかと悟る。美夜ちゃんと話している時、情報を引き出すためにさりげなく竜の旦那が関係してくる話題を振り撒いた。

答える美夜ちゃんは竜の旦那の名前こそ伏せていたし曖昧にぼかして(上手く出来ていなかったけど)話していても、言葉の端々から竜の旦那に対する特別な感情が見え隠れしていた。

女が懐刀を振り上げた。美夜ちゃんの目はその動きを追ってはいるが認識しているようには見えなかった。それほどに言われた言葉が衝撃的だったのだろう。

気付けば女の腕に向かって手裏剣を投げようとしていた。美夜ちゃんを助ける義理も義務も理由も何も無いのに。自身の無意識の行動に戸惑っている間に、ドサリと重さのあるものが倒れる音を耳が拾った。

視線を下に戻せば女が刃に付いた血を美夜ちゃんの着物で拭っていた。女は懐刀を仕舞うと、美夜ちゃんを一瞥すらせずに去って行った。

女の姿が完全に消えるのを待って美夜ちゃんの傍らに音も無く降りる。まだ胸が上下しているが、流れ出す血の量を考えれば最早手遅れなのは明らか。重苦しいものが俺の胸にあった。美夜ちゃんを見殺しにしたことを悔いてでもいるってのか? 俺はそれほどに美夜ちゃんのことを?

「………う」

吐いた血で汚れた美夜ちゃんの唇が動いた。膝を突いて口元に耳を近付ける。何をしている? もう調査の必要は無くなったのだからさっさと帰還すべきだろう。理性がそう訴えても体は美夜ちゃんの最後の言葉を聞こうとするのを止めなかった。

「……が…う………いじゃ、な……」

違う。恋じゃない。

死を目前にしても、思うことがこれか。なぜそうまでして否定する必要がある? 死への恐怖を凌駕するほどに。竜の旦那を好きになってはいけない理由でもあるのか? 身分の差だけでこれほどまでに頑なになるのものなのか?

「ま、さ……」

ヒューヒューと喉が鳴っているにも関わらず、その言葉だけははっきりと聞こえた。頑なに感情を否定して、それでも強く願う。短い言葉の中に、幾多もの感情が篭っていた。美夜ちゃんの目から涙が一滴流れ落ちた。

その時だった。美夜ちゃんの胸元から微かに光が漏れているのに気付く。お守りだとかいう石がある辺りだ。昼間、一瞬しか触れなかったが触れた指先に針を刺されたような刺激を感じた不可思議な石だ。

気にはなったが複数の気配がこちらへとかなりの早さで近付いてくる。ごろつき共を全て片付け終わった忍が駆け付けているのだろう。ならば見つからないうちに立ち去らなければ。

「美夜様に何をした!」

闇に身を溶け込ませる間際、くのいちの怒号が響いた。あのくのいちもまた、美夜ちゃんの影響を受けたのかもしれない。

忍は道具だ。主のために生き、主のために死ぬ。感情など何よりも先に排除すべき不必要な代物。なのに、美夜ちゃんといると捨てたはずの感情が呼び覚まされる気がする。

美夜ちゃんと接していると、話していると、無意識のうちに自分の中の見えない部分を揺さぶられる。それとも、美夜ちゃんの豊かな感情が、捨てて虚ろになった部分に入り込むのか。

旦那に似ている。表情が豊かで隠し事が下手で、感情がすぐ顔に出る。俺があの子を気にしてしまうのはだからなのかもしれない。

だが今となってはもう関係は無い。彼女の命は最早数刻も持たないのだから。


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