SS

□らしくない。
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Trip連載本編22話のサイドストーリー


なーんであんな真面目に相談に乗っちゃったんだろ。

ごろりと床に寝転がる。伊達政宗を初めとした伊達軍の偵察の際の活動拠点の一つである長屋の一部屋で、その部屋の天井を見るともなしに見ながら思い出すのは昼間接触した少女のこと。

最初に彼女の存在を知ったのは初夏の頃。ある日突然、奥州筆頭伊達政宗の元に許嫁が現れたとの報告がもたらされた。

伊達政宗は未だ独り身。数多の縁談を全て断り、それだけでなくしばらくは誰も娶るつもりは無いと公言していた。それなのにいきなり許嫁の存在が現れれば怪訝に思うのは当然のこと。ましてそれまで許嫁に関する情報が噂ですら全く無かったのだから尚更だった。

直ぐに配下に許嫁の女がどこの家の者か調べさせた。この時代、一定の地位にある者の婚姻は大抵が政略によるものだ。だからこそしばらく誰も娶らないと言っていた男が突然その言をひっくり返すにはそこに何か大きな意味があるはず。

だが、どれだけ調べても女の素性は全く分からなかった。奥州近辺のみならず日ノ本全てに調査の手を広げたにも関わらず女に関する情報は何一つ出てこなかった。

伊達政宗は南蛮との交易に力を入れている。その関係で知り合った女かとも思ったが許婚の女の顔立ちはどう見ても南蛮人では無く同じ日ノ本の人間のそれ。それにたとえ南蛮育ちの日本人だったとしても、そんな珍しい人物の情報が何も出てこないというのは考え難い。だから南蛮育ちの日本人という可能性は無いと見て良いだろう。

城下ではどこそこの出らしいという噂が馬鹿馬鹿しい天女説の噂に紛れるように幾つか流れてはいたがどれも出所の不確かなものばかり。それは余りにも不自然だった。どれだけ巧妙に情報を隠しても、絶対に全てを隠すことは出来ない。綺麗に隠せば隠すほど俺達のような人間の目には消された痕跡が違和感となって現れるからだ。

残された方法は件の女と直接関わっている人間から情報を入手すること。だが独眼竜の名は見せ掛けではない。その右目も。おかげで中々潜入の糸口が見つからなかった。ならばと遊びだ何だと街に繰り出してきた伊達軍の兵に接触してみたが無駄に終わった。

誰一人として有益な情報は持っておらず(尊敬する伊達政宗が連れてきた女なら素性など気にならないらしい)、それどころか口を揃えて言うことは「姫さんは乳と背はちっさいけど笑顔が可愛くて優しくって最高に素晴らしい人なんだぜ! 怒らせると角材で股間を殴られるらしいけどな!」。

酒のおごり損だ。俺が聞きたいのはそんなことじゃないってのに。だいたい機嫌を損ねただけで男の急所を角材で殴る姫ってなんだ。お転婆なんてもんじゃない。野蛮過ぎるだろ。天女云々の噂のみ伊達軍兵の話が出所だったが同じ軍に所属していながらこの落差はなんだと、別の意味でも少女のことが気になり始めた。

こうなればもう彼女付きの侍女に接触するしかないと潜入の機会を伺うことしばし。ようやく潜入出来たかと思えば彼女は湯中たりを起こしてしまった。放っておくのも後味が悪く助けたはいいものの、その日を堺に彼女の周辺の警備が厳しくなってしまった。特に忍び込みやすい時間帯の夜の警備は厳重だった。

接触出来た時に入手出来た情報は、天女とは思えない平凡(良く言っても平凡より少し上程度)な容姿と本当に胸が小さかったというどうでもいいことの他は彼女の体は世辞にも鍛えているとは言えず、武芸を身につけてはいないということと、日焼けをしらない肌に爪まで綺麗な指先から毎日を労働に費やす農民や町民の出では無いという二つのみ。

かといって身分ある家の出とするには遠目からでも観察してきた見地から考えにくい。彼女の立ち居振る舞いも話し方も町民の娘、というのが一番しっくりくる。姫と呼ばれる身分には程遠い。


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