この蒼い空の下で 弐

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「ふぁうっ!」


固まっていたら突然ぞわぞわっと耳から全身へと走った感覚にはっと我に帰る。私の耳から手を離した政宗は眼を逸らすことすら許さないというように両手で頬を挟んできた。そんなことをされなくても私を見てくる視線の熱さに一瞬にして囚われてしまっているのに。


「気絶するなよ、美夜。今度こそ返事を聞かせろ」

「へ、返事?」


あれもそれも、全て夢なんかじゃなく現実だったんだという事実を受け止めるだけでいっぱいいっぱい、どころか受け止めきれずにこれ以上無いほど頭の中が混乱していて、政宗が私に求めているのが何なのかすら分からない。


「俺の女になれ、と言っただろ? その返事だ」


極限を越えた状態にある私の精神状態に気付いてくれたのか、短く簡潔に言い直してくれた。でも、『政宗の女』という言葉が持つ威力を政宗は気付いていない。心臓が、壊れてしまいそう。


「美夜?」

「わ、私は私のだもん!」


何も考えられないほどいっぱいいっぱいの私の口から出たのは、今までに何度も政宗へと返していた言葉だった。くせみたいになっていたのかもしれない。でも、だからといって今は言って良い時じゃない。

激しい後悔に襲われて、あれほどに混乱していた頭が一気に冷めていく。

なんであんな可愛くないことを言っちゃったんだろう。とても大事な時なのに、なんで。


「あ、あの! 違うの! なれって、政宗命令系だったから、だから、あの、えっと」


大事な場面ですら素直になれないのかと嫌われてしまう前に何とかしたいのに、上手い言い訳も言い繕えるような言葉も何も浮かんでこない。墓穴だけを掘ってる気がして、自分の情けなさと愚かさが嫌になる。


「命令系、な」


泣きそうだったけれど泣いてどうにかしようとする女だと思われたくなかったし、政宗の反応が怖くて顔が見られなくて、ぎゅっと眼を閉じていたら政宗が楽しげに呟くのが聞こえた。思わぬ反応に思わず眼を開くと政宗は声と同じくどこか楽しそうな笑みを浮かべて私を見ていた。

どういうことなのと戸惑う私に構わず、政宗は少しだけ体を話すと真っ直ぐに私と視線を合わせてきた。甘くて優しい眼に期待をしてしまう。


「美夜、愛してる。これからは偽りじゃなく、真実俺が愛する唯一の女として側に居てほしい」


一瞬時が止まった気がした。おかしくなりそうなほど鼓動が激しい。さっきとは別の意味で政宗の顔を見られない。

情けない私に愛想を尽かさなかったばかりか言い方を変えて改めて告白してくれた政宗の気持ちに答えなきゃと思うのに、ドキドキし過ぎて上手く息が出来なくて声が出ない。

はい、て。たった一言を言うだけなのに。

はいって、はい、て。と何度も心の中で唱えて気合いを入れるうちに、あれ? と思った。

さっきから、私、『はい』以外の答えを考えていない。どこを探しても『ごめんなさい』と断る選択肢は出てこない。冗談でも言いたくないと思ってる。

思えば愛してると言われた時も、びっくりはしたけど迷惑だとか嫌だとかそんな気持ちには少しもならなかった。嬉しい気持ちと幸せな気分だけが溢れてた。

愛してると言われて嬉しくて、唯一の存在として側にと望まれて幸せで、『はい』以外の返事を持たない私の心。

もしかして、私、政宗のことが、好き?


「美夜?」


気付いたばかりの気持ちを確かめるように政宗を見てみたら、初めて知った感情のはずなのに自然と『好きだ』って思った。

もっと名前を呼んでほしい。たくさん触れてほしい。

政宗、と呼びたい。たくさん触れたい。


側に居たい。好き。大好き。


「愛してる、美夜」


まるで私の心の中を読んでいたかのようなタイミングで言われて、私の中の政宗への気持ちとリンクして胸に甘い疼きが広がっていく。


「もう一度だけ言う。真実俺が生涯愛する唯一の女として俺の側に居ろ。俺はお前の全てが欲しい」


嬉しくて幸せで、だけど恥ずかしくて逃げ出したい。まだ『好き』という気持ちを上手く扱えない。声にするにもまだ恥ずかしさが勝る。でも、政宗の気持ちに答えたい。私もちゃんと、伝えたい。


「あげる、全部。私の全て、政宗にあげる」


言葉だけじゃ伝えられない気持ちが伝わりますように。そう祈りながら政宗の首にぎゅっと抱き着き、ずっと返事を待っていてくれた政宗に私の返事を伝えた。


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