この蒼い空の下で 弐

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「政宗が、側に居ても良いって言ってくれる限りは、側に居たい」

「良いに決まってる。前にも言ったろ? 何があろうとお前を手放す気なんざ更々無ぇってな」


グッと強い力で抱き締められて、深い安堵と強い喜びが胸に溢れてじわりと涙が溢れてくる。

熱を出す前にも、政宗に側に居ても良いって言ってもらえたことを忘れてたわけじゃない。だけど、あの時はまだ体のことが解決していなかったから、良いと言ってもらえてもいつまで側に居られるんだろうと不安もあった。

でも、今は――。


「ねぇ」

「ん?」

「私の体、本当に治ったんだよね?」

「ああ。治った。直ぐに実感するのは難しいかもしれねぇが、もう大丈夫だ」


本当に? 事は自分の将来に関わること。政宗から直接「治った。大丈夫」と聞かされてものどうしても慎重になってしまう。

はっきりと、自分の眼で見て本当にもう大丈夫なんだと実感したい。もしも治ってなかったと後になって分かったら、政宗の側に居るには相応しくない体なんだって、治らないかもしれないなんてなったら、立ち直れない。未来に光を見出だせない。

だから、出来るだけ早く、本当に治ったんだって実感したい。そうでないと心の底から、本当の意味では安心出来ない。


「……ねぇ、政宗。何か刃物持ってない?」

「あるにはあるが、何に使うんだ?」


体を離し、政宗が懐から出した小刀を借りる。大きさは果物ナイフくらいだろうか。あまり大きいと人を切る道具だと後込みしてしまっていたかもしれないけど、これくらいなら大丈夫だ。

左袖を捲り、小刀の鞘を抜いたところでその手を強い力で掴まれた。顔を上げれば怖い顔をした政宗と眼が合う。


「まさかとは思うが、自分の腕を切る気か?」

「ち、ちょっとだけだよ?」

「ちょっととかそんな問題じゃねぇ! 自分の体を傷付けようとするなんて何考えてやがる!」

「だ、だって! ……だって、こうすれば、明日の朝には、分かる……だもん」


政宗の形相が怖いのか、それとももしもが起きた時のことが怖いのか、泣きそうになりながらも言うと、少しして政宗は小さく息を吐き、私の手から小刀を取ると鞘に仕舞った。


「不安なのは分かった。けどな、どんな理由だろうと自分を傷付けることだけはするな。もっと自分を大切をしろ」

「…………」

「美夜」

「……今回だけ、だもん。…早く、確かめたい、の」


俯きながら小さな声で伝え、中々諦めようとしない私に政宗は再び小さく息を吐いた。今度はしばらく沈黙が続き、その間も顔を上げず一言も発さないことで抵抗を示す私に政宗は三度息を吐いた。


「眼で見て確かめられれば良いんだな?」

「うん」

「Ok. だったら文句は言うなよ」

「え?」


あっと思った時には二の腕を掴まれ引き寄せられ、顔が交差したと思ったら首筋に微かな刺激を二度感じた。体が離れると無意識のうちに首筋に手を当てていた。


「それも前は消えてたからな。腕を切らずとも十分確認出来るはずだ」


政宗の言葉を聞きながらゆっくりと状況を認識して、じわじわと顔に熱が集まっていく。


「どうした? ああ、反対側にも付けてほしいのか」

「ち、違うわよ! 馬鹿っ!」


それまでとは打って変わって意地悪な笑みを浮かべながら伸ばしてきた手をバシッと叩き落として政宗から距離を取る。

さっきまであった重い空気はどこかへいってしまったし、私の心にも余裕が戻ってきたけれど、変わりにドキドキと熱が止まらない。

いくら確認出来るからってなんでキスマーク? しかもこんな人目に付く場所に三ヶ所も!!

朝になっても残っていてほしい。でも誰かに見られる前には消えててほしい。

複雑な気持ちにさせられて、でも嫌かというとそうでもなくて。誰かに見られたらという恥ずかしさとどう隠せばと困惑する心に紛れて嬉しがっている部分もある気がして、なんだか恥ずかしくなって「もう寝る!」と言ってがばりと頭まで布団を被って横になった。


「good night」


楽しげに笑いながら布団越しに頭の辺りにぽんと手を置いた政宗は、それ以上は何もせずに灯りを吹き消して出ていった。

静かになった部屋の中で、そっと首筋に手を当てた。


どうか、明日になっても残っていてくれますように。



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