この蒼い空の下で 弐

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「筆頭、すいやせんした。俺らよく考えもせず筆頭にあんなお願いなんかして……。本当にすいやせんした!」

「分かったなら良い。それに、俺は美夜のことを鑑賞物としてじゃなく、一人の女として愛してんだ。誰に何を言われようと美夜に手ぇ出すのを止める気なんざ更々無ぇしな。ああ、一応言っとくが、式を挙げるまで一線越えることはしねぇぞ」

「おぉー、梵てばかっこいい……のか?」

「テメェは黙ってろ」

「あべっ!」


振り返り様に成実の顔目掛けて扇子をぶん投げ、なぜか感動している兵等に視線をやる。


「それとお前等、美夜のことを崇拝すんのは勝手だけどな、理想と現実とを取り違えるな。美夜は極度の恥ずかしがり屋で男に対する免疫が無いだけだ」

「つまり……どういうことっすか?」

「純粋無垢で可憐な麗しの美夜ちゃんは梵の手でイロイロ教えられてることだあっ!」

「チッ!」

「ぅおぉい! 今の本気だっただろ! 本気で俺のこと切ろうとしただろ!」

「おい、お前等」

「へ、へい!」

「話はこれで終いだ。持ち場に戻れ。ああ、成実が言ったことは絶対に忘れろ。いいな」

「へ、へい!」


頭を下げるとバタバタと慌ただしく出ていった兵の足音が完全に聞こえなくなるを待ち、気配を殺してしぶとく逃げようとする成実の腹に一発見舞い、くずおれれた成実の横を通り過ぎると愛用の六爪を装備し、ゆっくりと成実を振り返った。


「ぼ、梵? 笑顔が怖いんだけど? なんつーか、凶悪?」

「成実、ちょうど体を動かしたいと思ってたところだ。もちろん付き合うよなァ?」

「は、ははは………。半殺しで、勘弁してくだサイ……」




――――――




事件から二日後、一地方を治めていた将が挙兵したとの知らせが入った。寵姫が倒れたことで俺の気力は失われ、兵の士気も下がっている、今こそ攻め込む好機と全兵力に近い軍勢を引き連れて向かっているらしい。

ほんの二日前に成実相手に派手にやり合ったばかりだというのにいったい何をどうしたら俺の気力が失われていると思ったのか。兵の士気に関してもだ。下がるどころかむしろ寝込んでいり美夜に必要な静穏を乱す野郎は許しちゃおけねぇと挙兵を聞いたことで逆に高まっているほどだ。短慮な男だと噂されるがまさかこれほどだったとは。

それでも小十郎はいつものように油断するなと言ってきたが、出陣しいざ対面してみれば高い士気と普段と変わらぬ様子で兵を率いる俺の姿と驚くほど高い兵の士気に敵大将は動揺し、それを立て直せないまま闇雲に兵を進めてきた。そんな状態でまともに指揮など出来るはずも無く、逃げ出す兵も続出し敵軍はあっという間に瓦解した。

美夜は深刻な状態に無いことを内外に示すためにも俺は普段通りに振る舞う必要がある。そのせいで美夜の側に居られるのは執務やその他諸々の合間や夜だけだってのにその貴重な時間を奪いやがって。

怒りに任せて乱暴な考えが浮かんだが、今は一刻も早く城に戻りたいと事後処理は小十郎に任せ一足先に帰城した。

その後は特にこれといって何かが起きることもなく日は過ぎていき、最初にそれに気付いたのは細やかに美夜の世話をしてくれていた侍女だった。

爪が伸びる速度が遅くなっている、と。

仮初めだったために魂や精神と共に重ねることの出来なかった時を、体が取り戻しているのをどこよりもはっきりと確認出来るのが髪よりもずっと早く伸びる爪だった。その爪の伸びる速度が遅くなってきているということは美夜の目覚めが近いことを意味しているはず。

侍女から知らせを受けてからはいつ美夜が目覚めても良いようどうしても俺でなければならない事が出来た時のみ勤めを果たし、それ以外の時間は美夜の側で目覚めるその時を待った。

そして、魂を移し終えてから数えて九日目の夕刻に、待ちに待った瞬間が訪れた。



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