この蒼い空の下で 弐

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妙な疲れと気怠さを感じながらもゆるく頭を振って気を取り直す。美夜が極度の恥ずかしがり屋なのは今更の話だ。一々悩まされていたら気が持たない。


「政宗様、幾つかお伺いしてもよろしいでしょうか」


同じく気を取り直したらしく常と変わらぬ様子に戻った小十郎が問い掛けてきた。視線を向けることで先を促す。


「美夜に口付けられたとのことですが、それは美夜が自身の気持ちに気付き、政宗様と想いを交わされた末になされたことと判断してよろしいでしょうか」


そんなことかと頷こうとして、重大なことを忘れていたことに気付き情けなさに思わず片手で顔を覆って呻いた。


「政宗様?」

「…………ずっと俺の側に居たいとは言った」

「……他には」

「…………熱が下がって落ち着いた頃に、伝える」

「そうなさいませ」


溜め息混じりの小十郎の声により情けない気分になって腹癒せも込めて美夜の頬を軽く摘まんだ。

俺の側に居たいとは言われても、肝心の言葉、好きや愛してるといった言葉を美夜からはまだ一度も聞いていなかった。俺自身も伝えていない。ずっと側に居たいと美夜の口から聞けたことで自覚したのだと勘違いしてしまっていた。そして美夜から側に居たいという言葉を聞けただけで浮かれてしまっていた。


「ったく。お前はこの俺をどこまで振り回せば気が済むんだよ」


言葉程には怒りも恨みも混ざらぬ声音で冗談混じりに呟いて、摘まんだ頬を軽く引っ張った。一緒に唇が引っ張られ、間抜けな顔になる。意識が無くとも眉間に皺を寄せた美夜を見て微かに笑った。


「政宗様、もう一つお伺いしたいことが」

「An?」


そういえば幾つか聞きたいと言ってたか。思い出し、頬から手を離すと美夜はもぞもぞと寝返りを打って俯せに近い形になった。落ちた手拭いを桶の端に引っ掻け、ずれた布団を直そうとして、襟の合わせから転がり落ちたものに気付いた。そっと頭を浮かせて首から外し手のひらに握り込む。恐らく、小十郎が聞きたいのはこのことだろう。


「小十郎」

「はっ」

「決意した」


言葉少なく結果だけを伝える。それでもやはり小十郎が聞こうとしていたことだったらしく、小十郎は問い返すことなく美夜と玉の入った包みを持つ俺の手とを見つめた後にしばし瞑目すると静かな声音で「他の者には私から伝えておきましょう」とだけ言った。

小十郎も、美夜がこの選択を選んだことで何を諦めなければいけなかったのか、諦めたものが美夜にとってどんな存在かを理解しているのだ。だからこそ美夜の選択を喜ぶ言葉は口にしない。美夜を生かすことが出来る喜びは事情を知る一部の者だけが感じることで、美夜自身は決して進んでした決断じゃない。

諦めざるを得なかった大切な存在の変わりは俺を含め誰にも出来ない。だが、と思う。変わりは出来なくとも新しく築いていくことは出来る。寂しさを埋めてやることは出来る。

小十郎が静かに退室していく気配を背中に感じながら美夜の指に自身の指を絡めてしっかりと握り、密かな誓いを眠る美夜に誓った。



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