この蒼い空の下で 弐

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「俺に伝えることってのはなんだ」


やっぱり聞かれるよねと思ったけれど、だからといって「あのね、」なんて気軽に伝えられるわけが無い。出来るくらいなら政宗が現れた時に伝えられていた。それにお姫様抱っこされたままじゃ尚更話しづらい。


「あの、まずは降ろしてほしいんだけど」

「……仕方ねえな」


渋々といった様子だったけど政宗は降ろしてくれた。ただし座った自分の膝の上に。


「あの、」

「降ろしたら逃げるだろ」

「に、逃げないよ。……距離は取るけど」


最後にぼそっと呟いたら隙間が無くなるほど強く抱き締められた。少し苦しかったし心臓が口から飛び出るかと思ったけれど、同時にやっぱりこの腕の中を誰にも渡したくないと思った。


「なぁ、美夜。俺は急かし過ぎたか?」

「え?」


思っただけなのに恥ずかしくなって、でもこれは私の我が儘でしかないよねと落ち込んでいたら聞こえてきた政宗の声はいつもと違って覇気が無く、顔を見ようとしたけれど政宗は私の肩に額を押し当てるようにしていたから今どんな表情をしているのか全く見えない。


「直ぐに決められねえってんならそれでも構わねえ。いつまでも待つわけにはいかねえが、それでも今すぐに決めろとは言わねえ」


顔が見えなくても政宗が後悔しているのが分かった。もしかしたら私が泣いたり言い淀んだりしたから勘違いさせてしまったのかもしれない。私は急かされたなんて全く思っていないし、それにもう、決めている。ただその後のことが不安で伝えられないでいるだけ。

……本当に、大丈夫なのかな。

去り際に佐助が言っていた言葉を思い出す。あの時の佐助はふざけた感じを装っていただけだと思う。だからたぶん、信じても大丈夫。それに、悪く無いのに政宗に罪悪感を抱かせていたくない。


「政宗、あのね、」


覚悟は決めても完全に不安が無くなったわけじゃないこともあってすんなりとは言葉が続かない。何度も口を開けては閉じてを繰り返し、そうするうちにふとこの体勢で伝えるのは違うんじゃないかなと思った。

そっと政宗の体を押して少しだけ離れ、顔を上げて政宗の眼を見詰めた。ちゃんと眼を見て伝えなければ、政宗に急かされたから焦って決めたやけじゃないと、ちゃんと考えて決めたことだと伝わらない気がする。


「政宗。私、決めたの。ここに、この世界に、残る。ここで、生きていく」

「っ……」


政宗は微かに息を飲み驚きに眼を見開いた。急かしたんじゃないか心配していたし、昨日の今日でもう決めたのかという驚きもあるのかもしれない。だけど政宗は衝撃が落ち着くと私の決意を見定めようとするようにじっと見詰め返してきた。その視線を真っ直ぐに受け止める。


「自分でもね、そろそろ考えなきゃいけないのかもって、思ってたの。だから政宗に言われたのが切っ掛けになって、ちゃんと考えてみたの。そしたら分かったの。私はもう、一生帰れないかもしれないことを受け入れてた」

「美夜……」

「嫌々諦めたわけじゃないよ。実を言うとね、前よりも帰りたいって思わなくなってたの。だから、後悔も、しない……」


言葉の途中で声が震え、たくさん泣いたばかりだというのにまた涙が滲んできてしまった。泣けば政宗を心配させてしまう。そう思って瞬きを繰り返して堪えようとしたらそっと抱き締められた。


「我慢しなくていい。大切な人達なんだろ?」


誰にもどうにもならないことだから、言って困らせたくなくて黙っていたのに、政宗は全てを分かってくれていた。それが嬉しくて政宗の腕の中で声を上げて思い切り泣いた。佐助と居た時はたくさん涙は出ても心の底から泣いたわけじゃなかったのかもしれない。それくらい政宗の腕の中は私にとって安心出来る場所なんだと思った。

だからだろうか。さっき泣いた時は大切な家族であるじいちゃん達に何も伝えられないことが悲しくて辛くて仕方なかったのに、その気持ちが政宗の存在に救われていく。

離れたくないなんて、そんなレベルじゃない。離れられない。そう思った。それくらい私の中で政宗の存在は大きくなっている。


「政宗、私、側に居たい。政宗と、ずっと、一緒に居たい」


気付けば声に出していた。大胆だとか恥ずかしいなんて気持ちは無くて、政宗とずっと一緒に居たい。その気持ちだけに突き動かされていた。


「お願い。側に、居さ……」


不意に少しかさついた熱いものに唇を塞がれて、最後まで言うことが出来なくなった。



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