この蒼い空の下で 弐

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お化粧を落とし夜着にも着替え、上に一枚だけ羽織って政宗を待った。今はもうキスされたドキドキは治まっていて、後で行くと言われたことにだけ意識が向いていた。

ぼんやりしていた理由を聞かれるんだろうか。どう答えたらごまかせる? そもそも私に政宗をごまかすことが出来るの?

火鉢の中で赤く燃える炭を見ながら考えるけど、良い案も答えも見つからない。いっそのこと待ちきれなくて寝ちゃったことにしようかなんて卑怯なことまで思ってしまう。


「悪ぃ。待たせたな。抜け出すのにちっとばかし手間取った」


政宗の声と冷気にハッと意識が戻った。火鉢の炭をぼんやりと見ているうにうとうとしてしまっていたらしい。目許を擦り、政宗の後に続いて入ってきた楓さんが持ってきてくれたお茶を貰って、眠気覚ましも込めて熱いお茶を口に含んだ。

政宗は酔い醒ましにか、お茶ではなく水を貰っていた。すん、と匂いを嗅げはほんの僅かに政宗からお酒の匂いがした。今は火鉢を挟んで向かい合って座っているけれど、近くに寄ったらもっと強く匂うかもしれない。酔って政宗に甘えるなんて恥ずかしい姿を見せないためにも今夜はこれ以上近寄らないでおこう。

自分で決めたことなのになぜか感じた寂しさに戸惑っていたら楓さんが頭を下げて退室していった。政宗と二人きりにされる。途端に気まずさに襲われた。

何を聞かれる? どう答えれば良い? どうしたらごまかせるの?

あのまま眠ってしまえば良かったと、またも卑怯なことを考え始めた頃、コトと小さな物音がした。反射的に音のした方に視線を向けると政宗が飲み終わった茶碗を盆に置いていた。

飲み終わったなら、聞かれる。咄嗟にそう思い、緊張に体が強張る。


「美夜」

「っ!」


きた。予想していたこととはいえ体が反応するのを止められず、ビクッと揺れた反動で両手で持った湯呑みの中でちゃぷ、とお茶が跳ねた。


「ここに来てからどれくらい経った?」

「え?」


予想外の質問に拍子抜けしながらも、この世界に来てから流れた時を指を折って数えていく。


「えっと・・・半年、くらい?」

「それなりに長い時間だとは思わねぇか?」

「そう、だね」


政宗が何を言いたいのか分からない。戸惑いを感じたまま、ただ頷くことを繰り返す。


「年も越えて、正月も過ごしてる」

「うん」

「新しい年を迎えるのは、一つの区切りになると思わねぇか?」


ドキッとした。政宗の言った言葉は、初詣をしたり餅つきをしたりとお正月らしい行事をするうちに、お正月独特の空気を感じるうちに、自然と思うようになっていたことだった。

半年というけして短くは無い時間が過ぎても、元の世界に帰るための方法の手掛かりすら見付かっていないという現実。

新しい年を迎えたことで出来た、精神面での気持ちの区切り。


――帰ることを、諦める時がきたのかもしれない。


「お前が考えた末に出した結論なら、俺らはそれを受け入れる。だから余計なことは考えずに、お前自身がどうしたいのかだけを考えろ」


こくん、と頷くと、どこか安堵したようにも見える表情を浮かべた政宗に優しく頭を撫でられた。


「今夜はもう休め。考えるのは明日からで良い」

「うん」


立ち上がった政宗が、私が布団の上に移動するのを待って灯台の明かりを吹き消した。


「政宗、おやすみ」

「ああ、と。もう一つ大事なことを忘れてた」

「なに?」


障子を開ける直前で戻ってきた政宗は私の正面で片膝を突くと手を伸ばし、指先で私の首筋に触れてきた。そこは大広間に入る前に理不尽な理由で政宗に付けられたキスマークがある場所。

トクトクと鼓動が速まり、体が熱を帯びる。私の知らない種類の熱を孕んだ眼で、真っ直ぐに見つめてくる政宗の眼から視線を逸らすことが出来ない。


「これは、遊びや酔狂で付けたわけじゃねぇ。それを覚えておけ」


そう言って、キスマークをなぞるように指先を滑らせてから今度こそ部屋を出た政宗は宴に戻って行った。

キスマークの痕が、政宗に触れられた場所が、甘く痺れているような気がする。だけど、どうしてだか泣きたくなるほどに切なく胸が痛んで仕方なかった。



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