この蒼い空の下で 弐

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薄皮一枚隔てて眉間に突き付けられた刀越しに、互いに相手を睨んでいるかの如き強さで眼を見交わした。見物をしている者達すら物音を立てるのを憚るほどの静寂が場を満たす。そして、ゆるりと瞼を閉じるのと同時に全身の緊張を解いた。


「某の、負けでござる」


刀が引かれる気配がして、鞘に仕舞われる音が聞こえた。見られている視線をしばし感じた後、一言も発することなく政宗殿が立ち去る足音が聞こえてきた。

空気に飲まれたのか遠慮がちに政宗殿に駆け寄る見物をしていた兵達の声を聞きながら眼を開き、片膝を突いていた体勢から立ち上がると弾かれた朱槍の一本が横から差し出された。


「美夜ちゃんを賭けた戦いに負けた割にはスッキリした顔に見えるよ?」

「聞いていたのか」


俺にだけ聞こえる声量でそう言ってきた佐助から朱槍を受け取りながら問い返せば佐助は「まあね」と頷いた。


「でも美夜ちゃんには聞こえてないはずだよ。位置が離れてたからね」

「そうか」

「ほんとにどうしちゃったのさ。あんまり悔しそうに見えないんだけど。旦那らしく無いよ?」

「悔しいとは思っている。そう見えないのはきっと、全力でぶつかったからだ」

「ますます分かんないだけど。強くなって次こそは! とか思わないの?」


本気で不思議に思っているという顔で覗き込んできた佐助に思わず苦笑した。


「力や技で負けていたならそう思っていただろう。だが、俺が負けたのは美夜への想いなのだ」


朱槍を握る手に視線を落とす。まだ手が痺れているような気がする。それほどに朱槍を介してぶつけられた政宗殿の美夜に対する想いは強かった。


「想いの強さは俺とて負けぬと思っていた。だが・・・・。きっと圧倒されてしまった時に俺の負けは決まっていたのだろうな」


敗北の苦味が口中に広がる。微かに聞こえてきた声に顔を上げれば出来つつある人垣を掻き分けて美夜が政宗殿に駆け寄って来たところで、二人が並んで立つ姿に胸に疼痛を感じた。


「佐助」

「ん?」

「失恋とはかくも辛く苦しいものなのだな」

「・・・気付いたんだ」

「ああ。・・・政宗殿の刃が分からせてくれた」


朱槍を介して幾度となく政宗殿の想いをぶつけられるうちに、美夜へ抱くこの感情が何なのかを自然と理解していた。


「そっか。それだけ向こうも本気だったってことなんだろうね」

「俺も、そう思う」

「でもま、良かったんじゃない?」

「何がだ?」

「本気を出すくらい竜の旦那にとって真田の旦那は危険な恋敵と認識されてたことがだよ」

「それの何が『良かった』のだ?」

「分からない? 俺も美夜ちゃんと『親しい男』に入るだろうに全く恋敵とは認識されてないんだよ?」

「それはおぬしが美夜をからかったりして美夜からあまり好意的な感情を持たれていないから・・」

「分かった? 恋敵と認識するくらいには美夜ちゃんは旦那に気を許してるんだよ。とは言っても美夜ちゃんの中ではあくまでも『友人として』だろうからそれが本当に良かったかどうかは旦那が決めることだけどね」

「・・・・・・」

「決めるのは今直ぐじゃなくても良いと思うよ。いつかそれでも良いと思える日が来るだろうしね」

「そうなのか?」

「多分だけどね。ところでさ、竜の旦那や風来坊が止めてるみたいだけど、美夜ちゃんがこっち気にしてるみたいだよ」


促され、視線を佐助から正面へと戻せば確かに美夜がこちらを見ていた。


「美夜ちゃんの性格考えると怪我の心配と、あとはいつもと様子が違うことも気にしてるかもね」

「・・・・佐助」

「はいはい、うまく言い包めとくよ」


俺の言いたいことを察して変わりに美夜の元へと向かった佐助の背中で並んで立つ二人の姿が隠れた隙にその場から背を向けた。

佐助が言っていたように、いつかの日か、美夜に友としか思われなくともそれで満足出来る日が来るのだろうか。並び立つ二人を見ても平気でいられる日が。

自身の心の内を探る。浮かんできたのはそんな日が来てほしいと望むものだった。

二人の婚礼が決まった時、笑って祝福出来るように――。



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