この蒼い空の下で 弐

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「俺が天下を目指してることは話したことがあったよな?」

「うん。一度だけだけど聞いたことあるよ」

「なら理由は話したか?」

「ううん。それは聞いてない。どうして目指してるの?」

「戦を無くすためだ」

「え・・・」

「戦が起こった時、最も被害を被るのは民だ。田畑を焼かれることもあるし、落ち武者に襲われることも、他にも色んなことが民を襲う。それらを無くすためには戦を無くすしかない。兵一人一人にまで統率が取れてる軍ばかりじゃねぇし、統率が取れていても戦は益だけを生み出すわけじゃない」

「じゃあ戦を無くすために天下を目指して、天下を目指すために戦をするの? それってなんだか・・・」

「矛盾してるな」


言い淀んだことを政宗自身が口にした。そこにはこれといった感情は無くて、事実を言っただけ、といった感じだった。


「戦を無くすために戦をする。矛盾してることなんざ百も承知だ。けどな、綺麗事だけで生き残れるほどこの世界は甘くも優しくも無い」


綱元さんも言っていたことだった。甘い考えでは生き残れないほど厳しい場所。それが戦国時代なのだと、改めて思い知らされる。


「俺は天下を目指す。これは誰にも譲れねぇ俺の夢であり目的だ。そのために必要なら何度だって戦場に立つし、勝つために刀を振るう。だからこそ切り伏せてきた奴らのことを、死んでいった仲間のことを、そいつらに託された想いがあることを絶対に忘れねぇ」


ああ、私、凄く浅はかだ。戦場に出て人を殺すことは、平気かどうかを決められるほど簡単なことなんかじゃ無かった。

私は本当に、何にも知らない。分かってもいない。もう半年もここで過ごしてきたのに。

答えが出なかったのは、何も知らないからだ。自分の無知が情けなくて、もっと情けなくなると分かっているのに溢れる涙を止められない。

ボロボロと零れる涙を、政宗が指で拭ってくれる。その手は優しくて、温かくて、怖いなんて少しも思わない。気付けば今度は私から政宗の手を握っていた。

拒絶されない手が、政宗の存在そのものが、一歩を踏み出す勇気をくれた。


「政宗、私にこの世界のこと教えて」


ずっと言えなかったことをやっと言うことが出来た。この世界のことを知りたい、政宗に教えてもらおう。そう決めたのに、いざその機会がくると尻込みしてしまって言い出せなかった言葉。

知らないことを、厳しくて悲しくて辛いことばかりかもしれないことを知るのは今だって怖い。でも、それでも私は、


「知りたいの。この世界がどんな場所か。政宗が生きているのはどんな場所なのか」

「教えることに異論は無ぇ。だが、本当に良いのか? 後悔することになるかもしれねぇんだぜ?」


政宗にしては珍しく、弱気にも聞こえる台詞。でもそれだけ私のことを気遣かってくれているんだと分かったから、私にはそれで十分だった。


「大丈夫。絶対に後悔しないなんて言えないけど、でも、政宗のことを知らないままでいるより後悔してでも知りたいもん。それに、」

「それに?」

「少しでも良いから政宗が見ているものと同じものが見えるようになりたい」

「っ、おまっ」

「政宗?」


突然政宗は片手で顔を覆って俯いてしまった。変なことを言っちゃったのかと不安になってオロオロしていたら、手首を引っ張られ強い力で抱きしめられた。


「ま、政宗!?」

「これだけで我慢してやるんだから大人しくしてろ」


何を我慢してるのか分からないけど、政宗が必死に何かを抑えているのが伝わってきたから大人しくしてることにした。


「とんでもねぇ殺し文句言いやがって」

「え?」

「何でもねぇよ」


政宗が何かを呟いたけど、自分の心臓の音が煩くて聞こえなかった。政宗にもごまかされてしまい、結局政宗が何を言ったのかは分からないまま。

でも、明日からまた、前みたいに朝食が済んだら部屋まで来いと言ってくれた。


「政宗」

「An?」

「私、頑張るね」

「ああ、頑張れ。お前なら大丈夫だ。俺が保証してやる」


尊大な台詞なのに、政宗が言うと頼もしく聞こえる。本当に大丈夫だという気さえしてくる。

いつだって私を助け、励まし、支えてくれるのは政宗なんだと、強く感じた。



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