この蒼い空の下で

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「良い度胸してんじゃねェか」

怒りは怒りでもさっきまでの警戒も孕んだものとは全く違う、純粋な怒りの感情に支配された気配と声と視線に、さっきまでとは別の意味で涙眼になる。

読んで字の如く後にする悔い、後悔。時間を巻き戻せるなら投げ付ける前に戻りたい。未来の猫型ロボットが私の前に現れないかな。

現実逃避を試みるも大きな手のひらでガシッと頭を掴まれたかと思うとミシミシと音が聞こえそうなほどの力を込められ痛みで現実に引き戻されてしまう。

「テメェ、自分の立場が分かってんのか? 分からねぇほど馬鹿なのか? それとも俺を怒らせて隙を作ろうって腹か? テメェの眼には俺がそんな簡単で間抜けな野郎に見えて……」

拾ったパスケースで掴まれた頭の痛みと後悔と怯えで半泣きの私の頬をピタピタ叩いていた男性が不意に動きを止めた。その視線は自分が持つパスケースに向いている。

ためつすがめつ、じっくりとパスケースを見た男性は、次にさっき鞄から出して並べた物へと視線を向けた。財布に手帳、ハンカチと一つ一つを手に取って見ていた男性の動きはスマホを持ったところで止まった。視線は鋭いけれど、スマホに触れる手付きは見るのも触るのも初めてというようにぎこちない。

「アンタ、何者だ」

男性の声の調子が変わった。警戒、は変わらず感じるけれど、それ以上の好奇心を向けられている気がする。その感覚は当たっていて、スマホから上げ私へと戻した男性の眼には隠しきれない興奮と好奇心があった。

「俺ァ長いこと異国と取り引きしてるがこんなものは今まで見たことが無ぇ。それどころか何で作られてるかさえ分からねぇ。石でも鉄でも無い。いったいこれは何だ。何で作られ、何に使うものだ」

そう言って男性が私の目の前に示したのはスマホ。現代日本で聞かれるなど誰も想像したことが無いだろう質問に思わずまじまじと相手を見てしまう。材質は確かに私も知らない。たぶんプラスチックとかそういったものじゃない? 程度しか答えられない。だけど何に使うか分からない、なんて有り得ない。だってお年寄りでも子供でも持っているのが不思議では無いくらい普及している物なのだから。

「どうやら俺の質問はアンタにとっちゃあ有り得ねぇことのようだな」

「えっ、あっ、いや、あのっ」

やばい。どうしよう。機嫌を損ねちゃった!?

力は籠っていないものの、未だに頭は掴まれたままだ。着物の隙間から見える男性の腕や胸元は素人が見ても鍛えているのが分かるほど引き締まっている。さっき頭に感じた痛みも相当なものだった。この人なら素手で頭蓋骨を割ることも難しくない気がする。

「そう怯えんな。とりあえず、今はアンタを害する気は無ぇ。面白そうな事情を持ってそうだからな」

頭を掴んでいた手でくしゃりと髪を乱すように頭を撫でられながら言われた台詞に安堵仕掛けるも、『今は』という単語に気付いて泣きたくなった。まだ安心させてはもらえないらしい。一時はアレ系じゃなくて、おまけに特級もののイケメンさんに舞い上がっちゃったけど、気を付けないと自分の身が危ない。

どうやったらこの人は私を解放してくれるんだろう。早く家に帰りたい。

何とか男性の機嫌を損ねないように気を付けながらここがどこかを聞いて家に電話しよう。山奥過ぎてスマホが繋がらなかったら交番か民家で良いから場所を聞きだそう。さすがに固定電話なら通じるはずだ。

こんなにカッコいいのにこんなに怖い人だなんて、なんて残念な人なんだろう、などと思いながらもこっそりと男性を盗み見るうちに、男性の格好が気になり始めた。

白の小袖に藍色の袴、履いているのは藁草履。そこまでは普通。藁草履は珍しいかなとも思うけど普段着に着物を着ている人はたまにいる。

気になるのはそれ以外。右目を覆う眼帯と、腰に差した二振りの刀。眼帯を支える紐は稲妻を模しているのかおしゃれさを感じるけれど、肝心の眼帯は刀の鍔部分に似たもの。
そして刀。よく見たら鞘に細かい傷があるし柄の部分なんか特に使い込まれた感がある。

リアルな模造刀、だよね? 細部にまで拘るコスプレイヤーの人、だよね?

そう思いながら、期待というより祈るように持ち上げた視線が、どこか面白そうな光を宿した男のものと絡んだ。こく、と無意識に唾を飲み込む。

「あの……こ、ここ、何処、ですか?」

男性に問う声は緊張と不安に掠れ、震えていた。



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