この蒼い空の下で

□39
8ページ/8ページ


「美夜、どうした。何をそんなに怖れてる」


そっと体を離し、変わりに額を合わせ囁くように、優しい口調になるよう意識して問い掛けた。美夜の瞳が揺れ、頬を透明な滴が流れた。


「・・・いの。夜が、くるのが嫌。一人に、なりたくない」


ヒクリと美夜の喉が鳴り、零れる涙の量が増えた。


「寝てる、間に、か、変わっちゃったら・・」

「美夜?」

「私の、体、いっぱい、変なこと、起きて、だから、いつ、いつか、人じゃ、なくなるんじゃ、て」


嗚咽混じりの告白に、自分自身を殴りたくなった。

普段、美夜があまりにも楽しそうに笑っているから気付かなかった。

違う。そんなのは言い訳だ。美夜は隠し事が下手だからと、感情が全て顔や態度に現れるからとそのことに胡座をかいて深い部分で苦しんでいることに気付いてやれなかった。

もしかしたら美夜自身、普段は考えないようにしていたのかもしれない。

例えそうだったとしても、そのことに俺こそが気付いてやらなければいけなかった。酒で普段は押し隠された部分が表に現れてから気付くなど遅過ぎる。

感情の異変に初めて気付いた時、美夜はあんなに不安がっていたというのに。

美夜を守ると、泣く暇も無いほど愛してやると誓いながらなんて様だ。


「ねぇ、政宗。私、いつか・・いつか、人じゃないのに、化け物に、なっちゃうの?」

「なるわけねぇ!」


思わず出してしまった怒声に、美夜の体がビクリと震えた。怒りは自分自身へのものだ。それを美夜にぶつけるなど筋違いも甚だしい。

意識して息を吐き出し、気を落ち着かせる。そうしてから美夜の頬を両手で挟み視線を合わせた。


「美夜、お前の目に俺はどう映る?」

「ど、う?」

「俺はな、美夜。母上に化け物だと言われる度、それを否定しながらも否定しきれなかった。俺は本当は化け物なんじゃねぇかといつも心のどこかで思っていた。ああ、分かってる。約束は忘れてねぇ」


口を開き掛けた美夜の先を制し、忘れていないことを示すために互いの小指を絡めた。


「俺はもう、自分が化け物だとは思ってない。お前の、美夜のおかげだ」

「わたし?」

「ああ、そうだ。お前の言葉が、存在が、俺に過去を乗り越えさせる力をくれたんだ」


美夜のおかげで俺は救われた。だから今度は、俺が美夜を救う番だ。


「美夜、お前は俺は化け物じゃないと言った。それはお前にも言えることだ」

「え・・・」

「お前の眼に映る俺が人であるように、俺の眼に映るお前も、人だ」

「でも・・・」

「姿は変わらない。お前はお前だ。この先もずっと。お前の身に起きる異変は俺が必ず解決してやる。約束だ」


あの時とは逆に、今度は俺から、自身の小指と美夜の小指をしっかりと絡ませた。


「不安になったら何時でも俺の所に来い。何度だって言ってやる。お前はお前だ。お前の体を治す術も、俺が必ず見つける」

「っ・・・ま、さ・・」


美夜の眼から、新たな涙が溢れた。抱きしめた体はもう、震えてはいなかった。

もう二度と、一人で苦しませはしない。美夜の身も、その心も、必ず俺が守る。

誓いを新たに、泣く美夜を強く抱きしめた。しばらくして、嗚咽が治まってきた頃美夜の体から力が抜けた。そして一瞬だけその身が透けた。いつの間にか日が変わる時刻になっていたらしい。

事が終わった後、そのまま眠りに入った様子の美夜の頬と眦に残る涙を指で拭い、しばらく寝顔を見つめてから体を抱き上げ布団に寝かした。

ふと、誰かに呼ばれた気がした。自然と美夜の襟から覗く守り袋の紐に眼が行き、そっと袋を引き出した。

謎の女から試すと言われてから、あの女が誰かをずっと考えていた。そして美夜と再開し、再び石に触れた時に何も感じなかった時から一つの仮説が生まれている。

守り袋の中から大切に布に包まれた石を取り出す。その布も取り払い直に石を持った瞬間、ぐらりと目眩が襲い、同時に引っ張られる感覚がした。



次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ