この蒼い空の下で
□30
6ページ/6ページ
「わっ」
帰ろうと歩いていたら突然幸村と私の間を子供が二人、走り抜けていった。走りながらしてた会話から家までの競争をしているらしいと分かった。
だけどいきなり割り込むように来たから避けた拍子にバランスを崩して後ろに居た人にぶつかってしまった。
「すみません」
「気ぃつけろ」
男の人に不機嫌な声で怒られたけど、変に絡まれなかったから良かった。
「紗夜、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。あ」
合流しようとしたら、馬を引いた人が前方から来ていることに気付いた。私も幸村もお互いに逆の方へ避けたから、子供たちを避けた時よりもさらに二人の間に距離が出来た。
その時だった。
「美夜様っ」
「え・・・」
誰かに、本名で呼ばれた。ここ数日間呼ばれることが無かったから、驚いて振り向いたらいきなり目の前に予想だにしなかった人の顔。
「ど? 楽しんでる?」
「ひぎゃぁむぐっ!」
「こーら、往来で叫ばないの」
あんたがびっくりする現れ方しなきゃ叫ばなかったわよ! ギッ! と睨むけど佐助には効果無し。手とか噛んじゃうか? って考えたら一瞬、痛いと感じる強さで頬を潰された。絶対に噛みません!
「旦那、どうする?」
「どこの者だ?」
「常に側に居た子だよ」
「では放っておけ。鬼籍には入っておらぬこと、あちらにも知らせてやりたい」
「奇跡?」
痛む頬をさすりつつ、よく分からない二人の会話に首を傾げてたら佐助にぽんぽんと頭を叩かれた。
からかってる感じの手つきじゃない。幸村もいつになく真剣な顔をして首を横に振った。会話の意味は教えられないってことなんだろう。
だけど、なんで佐助は珍しくこんな態度なんだ? 普段の佐助なら「紗夜ちゃんには関係ないことだよー」とかわざとムカつく言い方でからかってきそうなのに。今の会話がますます気になって佐助を凝視してたら違和感を発見。
「佐助の髪が黒い!」
「一応軽く変装してるんだよ。俺様は忍だからね」
小声で言われた。なるほど、だから服も袴姿でペイントとかもしてないんだ。でも、黒髪の佐助って、なんか誰かに似てる気が・・・・。
「う〜ん」
「なに? そんなに俺様が気になる?」
「うん。黒髪の佐助が誰かに似てる気がするの」
佐助がへぇと驚きと感心半々の顔をした。それからにこっと笑ってくしゃくしゃと私の髪を掻き混ぜた。
「ちょっ、何すんのよ!」
「誰に似てるのか分かったら虐めるの止めてあげるよ」
「なにそれ!? ってかほんとに!?」
「俺様は嘘付かないよ。そうだな、紗夜ちゃんがたぶらかした男を片端から思い出せば見つかると思うよ」
「私がいつ男をたぶらかしたってのよ! 人聞きの悪いこと言わないでよ!」
悪女みたいに言いやがって。てかよく考えたら黒髪の佐助が誰に似てるかの正解をなんで佐助が分かるわけ? もしかしてこれもからかい!? あっぶな! 騙されるところだったよ。
帰るよと促されて歩きだしながら、そういえばさっき誰かに本名で呼ばれたっけと思い出した。佐助が現れたせいで忘れそうになってた。
立ち止まって辺りを見回す。行き交う人々の顔にも視線を向ける。けど、見知った人は一人も見当たらない。
「紗夜? どうしたのだ?」
「早く来ないと置いてっちゃうよ」
「今行く」
幸村も居るから大丈夫だろうけど、佐助だけならほんとに置いていきそうだよなぁ。小走りで二人に駆け寄って、再び歩き出しながら最後にもう一度だけ振り返った。だけどやっぱり見知った人は見当たらない。
呼ばれた気がしたのは気のせいだったのかな? けど、あの声どこかで・・・。
「あっ!」
「紗夜?」
「な、何でもない!」
顔の前で手を振ってごまかした。楓さんの声に似てたと思ったけど、楓さんが甲斐に居るわけない。
もしかしたら楓さんと声質が似てる人が私の本名と同じ名前の誰かを呼んだだけだったのかも。
続
鬼籍→死者の名を記す帳簿
鬼籍に入る→亡くなったことを言う
.