この蒼い空の下で

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「小十郎、入るぞ」


返事を待たずに障子を開け放つ。室内には小十郎だけでなく、成実と綱元も居た。


「ンだよ、密談か?」


茶化して言えば綱元が俺に調子を合わせて軽い口調で答えた。


「ええ。殿がお一人で飛び出して行かれた場合の対処を話し合っておりました」

「そりゃ調度良い。綱元、しばらく留守を預ける」

「甲斐へ行かれるのですか?」

「ああ。美夜を迎えに行く」


はっきりと宣言し、小十郎へ視線を向ける。小十郎もまた、俺へと強い視線を向けていた。


「俺がなぜ美夜を求めるか、聞いたな」

「今度は答えをお聞かせ願えるのですな?」

「ああ。お前らも聞け」


小十郎、成実、綱元。室内の三人を順に見遣る。


「俺は美夜に惚れてる。だから迎えに行く。他の男の元にいるなんざ我慢ならねぇ。俺は必ず美夜をこの手に取り戻し、二度と手放すつもりはない。あいつは俺の女だ」


場の空気から軽いものが完全に消える。三人ともが真剣な眼を俺に向けた。


「それは、美夜を政宗様の室(正室)として迎えるということですか?」

「ああ。俺は美夜以外娶らねぇ」

「ですが、美夜は異世界の人間です。それはどうなさるのですか?」

「世界を越えることが出来るなら、それを防ぐ方法もあるはずだ。今後はあいつが帰るための方法ではなく帰さねぇための方法を探させる」

「美夜にも家族や友がおります。こちらの世界に留めれば、その者らと会うことは二度と叶わなくなりましょう。心優しく情に篤いあの娘のこと、親しき者らと二度と会えないとなればその心に並々ならぬ苦痛を強いることになると、ご承知の上でのお言葉ですか?」

「ああ。全て覚悟の上で決めたことだ」


住み慣れた環境、友人、そして家族。

俺の選択は美夜に多くのものを捨てさせることだ。そして未だ平和には遠いこの戦国の世で生きていくことを強要させることでもある。

寂しさ、辛さ、苦しみ。元の世界との違いや捨てさせてしまった存在を思い美夜はきっと泣くだろう。泣き顔など似合わない、泣かせたくないと思っている俺こそが美夜を泣かせることになる。

それでも俺は美夜が欲しい。手放したくはない。いや、手放すことなど最早出来そうにない。今や美夜という存在はそれだけ俺の中で大きなものになっているのだ。


「せいぜい泣く暇が無いくらい愛してやるさ」


甲斐の方角へと向けた視界の端で、小十郎が笑むのが見えた。


「良い顔をなされるようになりまたな」


思わず頬を撫でるが、変化など自分では分からない。だが小十郎がそう言うなら変わったのだろう。その変化をもたらしたのは特別なものも秀でた部分も特には持たない極普通の少女だということに軽い驚きを覚える。

そんな女だからこそ惚れたんだろうが、まさか俺が本気で女に惚れるとはな。人生ってのは何が起きるか分からねぇもんだ。

ふ、と口許だけで笑う。


「我等は政宗様の指示に従いましょう」


小十郎の声に意識と視線を室内に戻す。三人が同時に頭を垂れ、俺の考えを支持することを示した。と、最初に顔を上げた成実が面白がるようにニヤニヤと笑いながら俺を見た。


「にしてもさっきの梵かっこよかったぜ? 男の俺ですら惚れそうになったもん。美夜ちゃんが帰って来たら教えてあげぶぐふっ!」

「成実、顔に虫が止まってるぞ」

「止まってねぇよ! つかいい加減顔から足退かせよ! 痛ぇっての!」

「小十郎、直ぐに支度しろ」

「はっ」

「俺は無視かよ!」

「三人でのお帰りをお待ちしております」

「綱元まで俺を無視ぐえっ」


成実の頭に置いた足に体重を掛けて黙らせてから綱元に幾つか留守中の指示を出した。そして小十郎だけを供に夜陰に紛れるように城を発った。



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