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□あなたなら。
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「梵に剣術を教えたのは小十郎なんだよ。つまり師匠ってわけ。だから梵にとって小十郎は最も信頼する部下であると同時に越えたいと思う一人でもある、ってわけ」


昔と違い、今では接戦にまで持ち込めるほど政宗は強くなったし、勝てる時もあるらしい。だけど勝率はまだまだ小十郎さんの方が高いのだという。


「じゃあ政宗は中々小十郎さんを越えられないから苛立ってたんだ」


相当悔しいんだろうけど、負けず嫌いな感じがなんだか子供っぽいと、自分のことを棚に上げて微笑ましく思ったら違うよと言われてしまった。


「梵が苛立ってたのは負けたことに対してじゃなくて勝てないことに対して、だよ」

「? 何が…」

「成実様、すいません。ちょっといいっすか?」

「おー、なんだ? 美夜ちゃんごめん。呼んでるから行くよ。あ、梵には小十郎に負けたこと聞いたりしないでくれな。美夜ちゃん相手に当たることは無いだろうけど聞かれて良い気持ちにはならないだろうから」


何がどう違うのか聞きたかったけれど、成実さんはじゃあね言ってと自分を呼んだ兵士さんの方へ行ってしまった。ヘタレに見えて兵士さん達からの信頼はあるらしいしサボってることもあるらしいけどちゃんと仕事もある人だから引き留めるのも悪いと素直に見送った。

残され、政宗を追い掛けようかとも思ったけれどまだ苛ついてるかもしれないからと部屋に戻るため踵を返す。歩きながら成実さんの言ったことの違いを考えるけれど、私には同じとしか思えない。

負けたことに苛立つのは勝てないから。勝てないことに苛立つのは負けるのが嫌だから、のはず。それとも、この考え方自体が間違っているのだろうか。


「ここに居たのか」

「え? わっ」


聞き慣れた声に振り向くより先に足が床から離れ、視線が一気に下がり床が近くなった。悲しいことに俵担ぎ同様、慣れてしまった荷物運びにため息が出る。


「も……」


もう少し女扱いしてほしいんだど。と抗議しようと上げた眼に移ったのはただでさえ鋭い眼をさらに鋭く釣り上げた政宗だった。よく見れば歩き方も荒々しいしさっきの声にも苛立ちが混ざっていた。やっぱりまだ気持ちは落ち着いていないらしい。

成実さんにも言われたし改めて政宗を見て自分でも今はそっとしといた方が良いと思ったけれど、何も言わないのも変な気もする。でも何をどう言えば良いんだろうと悩む内に政宗の部屋に着いたらしく、足取りと同じく荒々しく戸を開けた政宗は中に入るとこれまた荒々しく戸を閉め、部屋の奥まで行くとどっかと座り私を膝に下ろすと当たり前のように抱き寄せ肩に顎を乗せてきた。

少しづつ慣れてきているとは思うけれど、それでも温もりが分かるほどの近さに心拍数と体温が一気に上がる。悩んでいたことも頭から吹き飛び、ドキドキする鼓動をもて余しながらぎゅっと体に力を入れた私の耳に政宗の呟きが聞こえた。


「次はぜってぇ勝つ」


そろりと窺い見た政宗は私を抱き締めていてもその視線は真っ直ぐで、ここには居ない別の人を見ていた。

ああ、そっか。そういうことなんだ。

政宗の様子と聞こえた呟きで、ようやく成実さんの言った意味が分かった。

負けたことへの悔しさも当然あると思う。でも政宗がこれほど苛立っているのは小十郎さんに勝てないから。でもその苛立ちが向かう先は勝負の結果にではなく、自分自身。

着実に強くなっている手応えはあるのに、まだまだ小十郎さんに及ばない。力量不足を感じて、それで苛立ってしまっているんだと思う。

グッと、私を抱く手に力が籠った。政宗の決意を表すように。


「政宗なら、勝てるよ」


絶対に。


「Ah? 何か言ったか?」


自分の中に入り込んでいたからか、聞こえなかったらしい政宗に、何でも無いとごまかして、強く抱き締める腕のせいに見えますように思いながら肩口に頭を凭せ掛けた。

政宗なら勝てる。絶対に。
だって、負けたことをただ悔しがるのではなく、自分自身の力量を見極めて、そして次を目指そうと考えられる人だもん。


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