この蒼い空の下で 弐
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侍女さんの手で大広間の襖が開けられると、既に中には政宗の家臣の人達が両側にずらりと並んでいた。政宗の姿を認めると、上座に最も近い位置に座っている小十郎さんが頭を下げ、それに続くようにして他の人達が一斉に頭を下げた。宴は宴でもお正月という節目のものだからか今夜の宴では格式を大事にするのかも。
堂々と上座へと上がる政宗とは対照的に、さっきまであった理不尽な政宗へのムカつき(政宗の手を温めてあげたかっただけなのに私が悪いって意味分かんない)を消すほどの緊張に襲われながら政宗の傍らに作られた席に座った。そこに私の席が作られていたからだ。偽物の許婚という事実を隠しているから、やっぱりこの席に座ることに抵抗を感じるし居心地の悪さもある。
落ち着きなくもぞもぞと動いていたら先に顔を上げた小十郎さんに視線で窘められ、慌てて背筋を伸ばして座り直した。それを見届けてから小十郎さんは臣下を代表して政宗に口上を述べた。それが終わると今度は政宗が無事に新年を迎えられたことや奥州の地が守られているのはお前らの働きのおかげだとか、集まった皆へ感謝と労いの言葉を掛けた。
家臣の人達は皆それを誇らしげに聞いていて、政宗を見る眼には尊敬と信頼がある。誰もが政宗を主君と仰げることに喜びと誇りとを抱いているのだろう。政宗もそんな彼らのことを信頼しているのが言葉の端々から、掛ける言葉から伝わってくる。そこには確かな絆と一体感があった。
「・・・・・・・・」
一人感じる疎外感。偽りの立場。居てはいけない場所。この場で私だけが、部外者。
「どうした?」
「え? あ・・・」
顔を上げたら口上は終わっていて、みんな最初の一杯に口を付けているところで、私も慌てて自分の盃を持ち上げ中身(もちろん水)を飲み干した。
「ごめんね。ぼーっとしちゃってて」
「何を考えてた」
「それ、は・・・」
疎外感を感じてた、なんて言えない。だって、政宗達にその気は全く無くて、ただ私一人が勝手にそう感じてしまっているだけなのに、そんな八つ当たり染みたこと言えるわけがない。
黙り込んだ私を見て、政宗はさらに聞いてこようとしたみたいだけど、家臣の人達が挨拶に来たために、少し迷っていたみたいだけど挨拶を受ける方を優先してくれた。
だけどホッとしたのもつかの間、家臣の多くは政宗に挨拶する傍ら私へも話し掛けてきた。それはきっと、私のことを政宗の許婚だと思っているから。それに気付いてしまうと居心地の悪さの他に申し訳なさや訳の分からない痛みや苦しみまで襲ってきて、少しでも気を抜いたら泣いてしまいそうだった。
「どうされました?」
「あ、すみません」
また俯いてしまっていて、慌てて顔を上げて謝った。相手は四十半ばくらいの男性で、私を見る眼はお世辞にも良いとは言えない人だった。まるで値踏みされているようなそんな感じがするのだ。苦手に思っていることが顔に出ていないと良いけれどと思っていたら、政宗が私の頬に手のひらを添えてきた。
「少し酔っちまったか?」
「え?」
酔うも何もお酒は一滴も飲んでいないし、酔ってしまうほど大広間の空気にお酒の匂いが混ざっていたりもしない。私がかなりお酒に弱いから心配してくれているのかと思ったけど、違った。
「先に部屋に戻ってろ」
「でも」
「酔ったお前を他の野郎には見せるな」
頬に顔を近付けてきたからキスしてくると思ってぎゅっと眼を閉じたら政宗は私にだけ聞こえる声で、「後のことは気にしなくて良い」と言ってきた。思わず政宗を見たら私を見る眼は優しいものだった。ぼんやりして俯いてばかりいることを心配してくれたみたい。
それにいつもと逆の手で私に振れてきたのも、腕で男性の視線を遮るためだったみたで、もうあの値踏みされてるような嫌な視線は感じない。
ほんとに良いの? の小声で聞くと政宗は今度も私にだけ分かるくらいに微かに頷いた。このまま残ってもちゃんと応対出来る自信は無かったし、最初から恒例の飲み比べが始まる前には部屋に戻ることになっていたからそれが少し早まるだけと思えばそれほど申し訳なさを感じることも無い。
「じゃあ、先に部屋に戻るね」
「ああ。俺も後で行く」
ふりだけでなく、本当に頬にキスをされたせいで熱くなった頬を押さえながら大広間を後にした。
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