この蒼い空の下で

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「わたくしだって殺しなんて嫌なのよ? 特にお前のような下賎の輩の血でこの身を汚すなど想像するだけでもおぞましい。でも、政宗様の寵愛がお前だけに向けられているのだからそうも言っていられないの」


だから死んで? とまるで日常の何気ない些細なお願いのような口調で言われた。懐刀を持って近寄ってくる女性から逃げようにも、足が竦んで動いてくれない。笛の存在すら忘れてしまっている。

寵愛なんかじゃないのに。政宗がわざとそう思われるようにしてるだけなのに。ただ反応が面白くて遊ばれてるだけなのに。どうしてこんな目に合わなきゃいけないの?

そこまで思っても、不思議なことに私を偽の許婚にした政宗に対する怨みや怒りは欠片も湧いてこない。

浮かんだのは怨みや怒りではなく、痛み。まだ何もされていないのに、なぜかじくじくと胸の奥が痛い。


「私は、許婚なんかじゃない・・・」

「まあ、命乞い? でもそんな嘘で騙されるわけないでしょう? 政宗様も、片倉様も、城の者達も、皆がお前を政宗様の許婚として扱っているのよ?」

「違う・・・。ふり、を、頼まれた、だけ」


本当のことを言っているだけなのに、涙が溢れて止まらなかった。恐怖すらどこかにいってしまっている。胸の奥が痛い。苦しい。


「頼まれた、ですって?」

「縁談が、しつこいから、って。私は、都合が良かったから」

「まあ。それは本当のことなの?」


頷く。女性は細く白い綺麗な指を顎に当て、考えるように顔を傾けた。


「お前は、政宗様に頼まれて一時的に許婚のふりをしているだけ。そうなのね?」


頷く。胸の痛みが酷い。痛くて、うまく呼吸が出来ない。


「そう。そうなの。そうよね。お前のような下賎の女に政宗様が本気になられるはずないもの。政宗様はお珍しいものがお好きのようだから、だからお前を使ったのね。だけど下賎の女をお側に置くなんて、政宗様もお戯れが過ぎるわ」


ズキン、ズキン、と刺されたように胸が痛む。

政宗は珍しいものが好き。そうだよね。だって、私は別の世界の人間なんだもん。私以上に珍しい人間なんて、そうは居ないもん。


「でも、そういうことならお前を殺す必要は無さそうね」


カチン、と音がした。見上げたら、女性が懐刀を鞘に仕舞っていた。


「わたくしはね、狭量な女ではないの。夫の戯れくらい許せないと大名の妻は・・・・」


声が途中で途切れた。合っていた眼が見開かれる。そして女性はそれまで以上の嫌悪と侮蔑、不快感を露わに私の足元まで近寄り見下ろしてきた。


「お前、政宗様に恋をしてしまったのね」

「え・・・・」


私が、政宗に、何?


「お前はただの戯れ相手なのに、身分違いの方に恋をしてしまうなんて」

――なんて身の程知らず。


怖気がくるほどに毒を含んだ冷たい声で吐き捨てられた。女性が仕舞ったはずの懐刀を抜いた。でも、言われた言葉が衝撃的過ぎて、刃を見ても認知までには至らない。


「身の程知らずのお前は生きている価値も資格も無いわ」


ある一つの言葉と一人の姿だけが思考を占め、ぼんやりと座り込む私に向かって懐刀が振り下ろされた。


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