この蒼い空の下で

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「義姫様、お言葉ですが、政宗様は先代様がお決めになった正当な伊達家当主であらせられます」

「何が正当じゃ。そのようなもの、この化け物が殿を唆したからに決まっておる。でなくば我が子を殺して成り代わったこやつを当主に指名するなどという愚行を殿が犯すことは無かったわ」

「母上、」

「やめよ!」


女性が嫌悪もあらわな顔で持っていた扇で政宗の頬を殴った。


「政宗!」

「平気だ」

「でも、」

「化け物の分際で母などと呼ぶなと何度言うたら分かる!」


母。そうだ。さっき確かに政宗はこの女性のことを母上って呼んだ。この人は政宗のお母さんなの? でも、じゃあなんでこの人はこんな眼で政宗を見るの?

嫌悪、侮蔑、怒り、憎しみ。それに、恐怖? とにかく女性の眼からは負の感情しか見当たらない。政宗を見れば殴られた右頬が赤くなってきていた。それを見たら、口出ししちゃいけないと思ってしていた我慢が限界を越えた。


「あんた、自分が何言ってるか分かってるの?」

「美夜」


止めようとする政宗の手を振り払って女性に詰め寄る。


「さっきから聞いてれば政宗のことを化け物とか伊達家を乗っ取るとか、それが子供に言う台詞なわけ!?」

「これは我が子ではない。我が子梵天丸を殺して成り代わった化け物じゃ」

「あんたねぇっ」

「美夜、いい。黙っていろ」

「嫌よ! あんなこと言わ……」


口を塞がれて後ろに引き戻された。政宗の力は強くて今度は振り払えない。言いたいことはいっぱいあるのに! どうして止めるの? なんで反論しないのよ! 口を塞がれて言えない変わりに、視線に言いたいことを全て込めて女性を睨んだ。


「なんじゃ、その眼は。下賎の輩が身の程を知れ!」

「っ!」


扇が振り上げられ、咄嗟に眼を閉じ体を強張らせた。政宗が動いて私の体を庇うように体の位置を変えた。でも、衝撃も音もいつまで待っても来なくて、恐る恐る眼を開くと小十郎さんが女性の手を掴んで止めていた。


「お止めください」

「わたくしに指図するつもりか」

「この小十郎はあなた様に仕えているわけではありませぬ」

「殿に重宝されておきながら、おぬしまで化け物に惑わされたか」


怒りが再燃する。でも口も体も政宗に抑えられてるから何も出来ない。何も出来ない悔しさに歯噛みする。女性は小十郎さんの腕を振り払うと政宗を睨んだ。


「よいか。お前のような化け物に伊達家は渡さぬ。己が分を弁えて速やかに小次郎に当主位を明け渡せ」


あまりにも腹が立って、目の前が真っ赤になった。こんなに腹が立ったのは初めてで、殴ろうとしたのか、掴み掛かろうとしたのか、自分でも何をしようと思っているのか分からないまま怒りのままに女性に向かおうとした体がさらに強い力で押さえられた。

なんとか政宗の手を振り払おうともがく間にも女性は用は済んだとばかりに身を翻して去っていく。小十郎さんも成実さんも綱元さんも、そして政宗も、誰も何も言わない。綱元さんは冷ややかな目で、成実さんは憎悪の篭った目で見送っているだけ。小十郎さんは何かを抑え込むように僅かに目を閉じたあと、政宗に向かって一礼したあと送るためか女性の後を追って行った。

止められた不満も込めて顔を上げて政宗を見たら、政宗は何かを堪えるような表情を浮かべていた。みんなの様子からも、こういったことは初めてじゃないんだと分かって、今度は悲しい気分気分になった。


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