pop'nV

□ルキンフォー
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『拝啓…いかがお過ごしか。』


手紙なんて今まで書いたことがなかった。
詞や曲をノートに幾つも綴ったことはあるがそれとはまったく違う。同じ真っ白な紙の上でもこんなにも違う。
―彼女は何を考え、どんな気持ちで書き綴り送っていたのだろうか。
どんな思いを込めて…



都会の薄汚れた空気に視界が曇る。
緑が沢山ある山あいのあの街を思い出し、自然の空気と此処のとを比べ、溜息が出る。
東京に来て一月。紅葉が彩っていた季節は終わり、冬がゆっくりと近づいてくる頃だ。此処では季節の移り変りが曖昧で何時の間にか黄色い銀杏の木が灰色の枯葉を付けていることに気づく。
あの街ではそうじゃなかった。春の桜が咲き誇り花びらが舞い踊るのも夏の青く茂った緑と太陽の眩しさも秋の穏やかな気候と鮮やかな木々も、日々毎日繰り返し過ごしていてもはっきりと視界に映っていた。
きっと今頃は冬将軍の厳しさを感じ始める時期だと思う。冷たい水が凍みて指が赤くかじかむのは弦を弾くのに少し辛かった。こちらの冬はそんなに酷くならないだろうが…やはり薄汚れた空気にはまだ馴染めない。



走らせていたペンをそこで止めてしまった。
自分の事ばかり書いていることが目に付く。
こんな感じで本当に良いのか?

「難しい…」

唸り声が上がる。
そしてまた思う。
彼女は何を考えて手紙を書いているんだろう。
此処へ来て二日後に届いた青いペンで書かれていた手紙の内容は大袈裟な事ではない。他愛もない日常の事。それでも、ほんの些細な出来事一つでも彼女は何時もの彼女らしい思いを綴り伝えてくる。

手紙は不思議だ。
傍に居ないのに何故こんなにも彼女を感じられる。
封を開いた時に香った人工的な飴玉の甘い匂いのせいだけじゃない。
あの柔らかな肌色の指で彼女が書いたと考えるだけで何処かもどかしく焦れったい気分になるのも何故なんだ。

『それじゃあ、またね。』

最後にはそんな言葉で締め括らされていた。
“さよなら”と云わない、“また”という言葉が嬉しかった。
そう。俺は嬉しかったんだ…さゆりからの手紙が。


「ふ…」

何を書けば良いのかとかそんなことばかり考えて悩んで書けなくなるなんて本末転倒だ。そんな、甚だしく馬鹿馬鹿しく可笑しい。
思わず苦笑も洩れる。
馬鹿みたいだ。
彼女は彼女らしく何時も伝えてきたじゃないか。一生懸命に不器用な想いを。それを、俺も伝えたら良い。彼女の優しい貌を頭の中に浮かべてこの手紙を少しでも嬉しく感じてくれたら良い、と、そう思いながら綴ろう。

「…よし」

止めていた指を再び動かす。




それに、夜空も違う。手に届きそうなぐらいにたくさん煌めいて眩ゆい星空が当たり前の事だったのが今は少し遠い。此処の星空にはもう見飽きてしまったから。愚痴みたいな事ばかり書いてしまって悪い。
ただ、最近こんな事をよく思うのはきっと、


―きっと…


少し恋しく思っているから。あの街―あの空や景色、二人で過ごしたあの場所と時間を。
だが、其処へ戻りたいとそんな意味のない事は考えない。
俺はあの場所で二人で過ごしてきた事を―例えば、あの河川敷で一緒に紙飛行機を飛ばした時など―思い出していきたい。
そんな事を思い浮かべて気分良くなれるのは良い事だと思う。
過去をずるずると引っ張ったままでいるのではなく、しみじみと浸っていたい。やはりこんな俺は情けないか?それともさゆりは俺“らしい”とでも云ってくれるだろうか。

それでは今回はこの辺りで終わりとしよう。最後まで自分の事ばかり書いてしまって悪い。だがここまで読んでもらえて嬉しい。
またの手紙、楽しみに待っている。

中路




手紙に封をし終えてふと窓の外を見れば、綺麗な朱色の空。あの時、何時もの河川敷で互いに離れたくない、と云い合った日の夕焼けと似た色で。

「行くか…」

手紙を鞄に入れてギターを肩に掛け、外へ出ていく。薄汚れた此処にも河はある。眺める夕陽は綺麗だと素直に感じる。


彼女を想うこんな時は良い音が鳴り響き、紙飛行機も遠くへ飛んでゆきそうな気がした。




END

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