短い話
□恋する乙女はこわいんだから
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「はい、これ」
「ありがとう!蛍くん」
あの、放課後から一ヶ月とちょっと。
あたしたち、二人はお互いに下の名前を呼び合うようになった。
でも、きっとこの関係に名前はないんだ。
友達でもない。
ただの、あたしの好きな人
前はただ苦手だった圧迫感のある身長は今となってはすごく愛しくて、意地悪な表情も、ときおり聞こえてくる彼のヘッドホンの音漏れも全てが愛しいんだよ。
ねえ、蛍くん。
恋する乙女って怖いんだよ。
好きな人のことならなんでも知りたいって思うの。
だから、しってるよ。
必死に僕のノートを写す名前。
僕らはお互いに名前を呼び合うようになった。
クラスメートのやつに月島と名字ってどんな関係?と聞かれたことがあった。
そいつが名前の事が好きなことは知っていた。
別になんでもないよ、と言った。
いや、言おうと思った。
でも、そいつのすごく不安そうな顔を見て、ああ、名前のことが好きなんだ、と思った瞬間自分の中からすごく醜い感情が生まれてーーーー
付き合ってる。
そう、確かに僕は言った。
そいつはひどく顔をしかめ、そうか、と小さく呟いた。
次に僕を襲ったのは、酷いことをしてしまったという感情ではなく優越感だった。
さっき一瞬間、僕は名前を自分のものにしたのだ。
そしてこれからあいつのなかでは名前は、僕のものなのだ。
ひどくそれに僕は気をよくした。
そして、僕は溺れていくのだ。
端から見ると恋人で、僕達二人から見るとただの名のない関係。
願わくば、彼女が周りの目に気がつかないように。
恋する乙女はこわいんだから
(知ってるよ)(蛍くんがあたしと付き合ってるって嘘をついたの)(でもね、あたしは)(そんな蛍くんすら、愛おしいの)
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