長編

□もっと甘い嘘がいい
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準備を済ませ、数人の部隊と雲雀さんの待つ集合場所へと急ぐ。
恐ろしいくらい静かな廊下は、歩くだけでコツコツと靴の音が響く。
音を立てないように、しかし急ぎ足で歩く事に集中していれば近くにもう1人分の足音が近づいていることに気が付かなかった。


ドスッ


角を曲がろうとしたその時に何者かに思い切りぶつかる。
勢い良くぶつかったために体がよろける。
倒れるのを覚悟してぎゅっと目を瞑った。
これから任務だっていうのに、ついていない。
しかししばらくしても体に衝撃が走るどころか体がふわっと包まれるような感覚がして、何者かに支えられているようである。

恐る恐る目を開ければ、真っ黒いスーツが目に入った。

「ちゃんと前向いて歩け」

ゆっくりとその声の主の方へ顔を上げれば、間近に眉を顰めて不機嫌そうなリボーンさんがいた。

そして腰の辺りを見れば、リボーンさんががっちりと支えてくれている。

「…あ、ありがとうございます」

あのリボーンさんにぶつかってしまった、という恐怖と気持ちと、倒れそうな私を支えてくれたという意外な優しさに吃驚する気持ちとで少し混乱する。
なんとなく近くて目を合わせづらくて、視線を泳がせる。

そして腰のあたりからすっと手を退けられれば、既にもう背を向けてリボーンさんはその場を立ち去ろうとしていた。

――待って、まだ彼に伝えなくてはならないことがある

何故かふと、そんなことを思う。
自分の中で彼に言いたい事が明確でないのにもかかわらず、無意識に引き止めるように彼の腕を掴んでいた。

何だ?とでも言いたげな顔で振り返られる。
拳にぎゅっと力が入る。

「あ、あの…」

言いかけた途端、そういえば、と何か思い出したかのようにリボーンさんが口を開いた。

「このあいだは、ありがとな」

振り返りながら、にやりと笑う。
そんな初めて見た彼の表情に、眼が離せず釘付けになる。
金縛りにあったかのように動けない。
それは綺麗というだけではあまりにも何か物足りなくて、美しい、というよりは濃艶であった。
彼の周りの風景が、色彩が変わるように。


見惚れていれば、すぐに彼は再びその場を立ち去ってしまおうとする。

「あ、あの、私…!」

慌てて呼び止めれば、振り返りはしないが足を止めてくれた。
自分の口が、意思とそぐわず動き出す。

「このボンゴレで、一員として認めてもらえるように…
ずっと、ここで頑張り続けますから!」

何故リボーンさんにこんな事を宣言しているのかわからない。さほど話したこともないというのに。
きっと、彼も同じ事を思っているだろう。

だけど、
訳もなく思うのだ。彼に、ずっとここにいると。
このボンゴレに忠誠を誓うと、伝えなければならない気がして。
彼の孤独に揺れる涅色の瞳が、何故か私をそんな気にさせる。

所詮自分はフリーのチューナー。
ここにずっと居続ける理由などないのに。
この先10年後、20年後も、ボンゴレにいると、何故か理由もなく確信的に思うときがあるのだ。

彼は数秒足を止めたままだったが、再びそのまま廊下を背を向けて歩き出した。
帽子を深く被りなおしたとき、ふと見えた口元が緩んで見えたのは気のせいだろうか。














「…ナギ、遅いよ」

「ごめんなさい!」

集合場所に行けば既に全員揃っていて、明らか不機嫌そうなのを隠そうともしない雲雀さんに睨まれた。

これからは、下手をすれば命取りになる可能性がある。
気を引き締めなくしては。


潜入の手順としては、私と雲雀さんが敵本陣に身を隠しつつ進みながら警備システム、小型カメラを一部停止させる。

そして主要部分に入り、目的の物を壊す。
他の隊員達は敵に見つかった時に備え各配置に付き、見張りをしつついつでも戦闘できるよう準備をして待機という事になっている。


作戦を確認した後すぐさま敵の本陣前へと車で移動する。

この時間は、何度と経験しても緊張する。
数時間後にはこの世にいなくてもおかしくはない。若しくは、身近な人がいなくなってもおかしくはない。
そんな状況に慣れるはずもなかった。



あっという間にその場へと到着し、車から降りて外に出た途端深呼吸をする。
そんな私を見て緊張しているのを察してか
、雲雀さんが近づいてきて頭を撫でてくれる。

「僕がいるから大丈夫だよ」

私を見下ろすその自信に満ちたその瞳に、ふっと体の緊張の糸が緩んだ気がした。
雲雀さんが言うと、本当になんとかなる気がするのが凄い。


まずは2人で人気の少ない事前に確認してセンサーを切っておいた入り口の中へと進む。
誰もいない静かな廊下を、カメラに捉えられないよう死角を選び慎重に進んでゆく。

潜入するこの瞬間ほど緊張する経験などないだろうと思う。
呼吸1つ1つに気を使って、息をするのもままならない。


そして角を曲がろうとした、その時。


カツカツカツカツ…


1人分ではあるが、足音が確実に聞こえる。
そしてそれは此方に近づいてきている。

「まずい」

小声で雲雀さんが呟き、とっさに近くにある小部屋へと私をふわっと持ち上げ抱きこむようにして入り身を隠す。

息を潜めながら、入った部屋を見渡す。
そこにはダンボールや武器が無造作に山積みになっており、人が使っているというよりは倉庫として使っているように見えた。


カツカツカツカツ…


足音は次第に大きくなり、もう既に近くまで来ているようだ。

この時間はこの通路には人が通らないはずだと確認済みであったのに…
不穏な動きを既に悟られてしまったのだろうか。


呼吸の音を聞かれないよう、雲雀さんが私を後ろから抱きこみながら手で口を塞がれる。
背後の雲雀さんの息が私の耳にかかり、その度にぞくぞくしてしまう。
わざとやっているようにしか思えない。

そして更に力を篭めて、私のお腹あたりに手をまわしぎゅううと抱きしめてくる。


(―――ち、近い……!)





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