長編

□もっと甘い嘘がいい
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自室の部屋のドアを開ければ、眼も眩むほどの長い廊下が続いている。
その暗がりの長い廊下を真っ直ぐ突き進み、執務室へ急ぐ。

しばらく歩いていると、反対側から誰かが歩いてくる人影が見えた。
暗いので誰かははっきりはわからない。
誰だろう…?と様子を伺いながら歩いていると、2人分のシルエットが見え、なにやら言い合っている声が聞こえてきた。


「だから!あれはしょうがないだろ?!」

「しょうがないったって、俺の許可なく勝手に決めるか?」

「だからごめんって言ってんじゃん!」

「ごめんで済むことか!?もし…」


言いかけたところで、2人が此方を向き、私の存在に気づく。

「あれ?ナギ!!」

ボスが笑顔で近づいてくる。
それと同時に、隣のボスの元家庭教師だったらしい、リボーンさんが舌打ちをしながら嫌そうな顔をして此方に向かって歩いてきた。

「ボス!今執務室に向かってたところだったんです」

「そうだったの?じゃあ丁度良かった」

そういって、私に満面の笑みを投げかける。
相変わらずの彼の柔らかい空気に癒される。


私はこの人がボスだから、このボンゴレファミリーに入ることを決意したのだ。
それほど自分に影響があり、最も尊敬している人物の1人でもある。

現在のボンゴレは、数年前とは打って変わった。
その変化に賛同し賞賛する者もいれば、もちろん否定的な者もいる。
だが確実に変えたのはボンゴレデーチモであることは、誰もが認めているだろう。
そして、彼の努力なしでは成し得なかったということも。



「この申請書を、渡したくて…」

「了解!いつもありがとうね」

そういって、私の頭を撫でられる。
思わず恥かしくて俯いてしまう。
尊敬している相手だけに、手で触れられるだけでどきどきしてしまう。

そしてボスと話している間にも、ふと鋭い視線を感じる。
其方を見れば、リボーンさんが冷ややかな眼で私を見ていた。

「そういえばこれからリボーンと2人で夕飯食べに行くんだけどさ、ナギも行かない?」

「あ、いや、私は…」

ボスが笑顔で誘ってくれるが、やはり躊躇ってしまう。
何せ、私はリボーンさんによく思われていないからだ。


世界最高の殺し屋である彼の名をこの業界で知らない者はいない。
もちろん自分もここに来る前から知っていた。

一度だけ、彼と一緒に任務をしたことがある。
彼の無駄のない俊敏な動きを目の当たりにし、世界最高の名は伊達ではないと肌で感じた。

そしてその時に、彼に言われたのだ。
唯一のチューナー兼医療班として行った私に対して、

『どこの馬の骨ともわからないやつに、俺の体や相棒が預けられるか』

と。
至極真っ当な意見だと思う。
彼ほどのヒットマンであれば、警戒心だって並大抵ではないだろう。
来たばかりな上、初めて担当するとなれば嫌がられて当然だ。

しかし、わかってはいても。
面と向かって言われれば傷ついてしまう。
メンタルは弱い方ではないと自負しているが、彼の言葉と同時に突き刺さる鋭く、冷たい瞳が、私の彼に対する苦手意識を生んだ。

つまり、彼は私を信頼していない、受け入れていない側の人間なのだ。

そして、ボスはそれを知っている。
だからこそ、その溝を少しでも埋めようと私を誘ったのだろう。


「私、まだ仕事が残っているので!」

そういってその場を逃げようとする。
が、ボスにがしっと腕をつかまれる。

「仕事は明日にまわしていいからさ。
行こう?」

そう、子犬のような眼で見つめられる。
そんな瞳で見られると…断り辛い。

「…う…。じゃあ、少しだけ…お邪魔しようかな…」

「よし!じゃあなにが食べたい?」

するとさっきの表情とは打って変わって、心底楽しそうな顔でボスは私をレストランまで引きずって行った。












「でね、ランボがさ、行きたくないってまたぐずってて…」

「ふふ、甘えんぼさんなんですね」

「こっちはいい迷惑だけどな〜。なぁ、リボーン」

「…あぁ」

「「………」」

さりげなく3人で話せるよう配慮するも、リボーンのそっけなく冷たい返事に気まずい空気が流れる。
レストランに入って早々不穏な雰囲気になってしまった。
ちらりとナギの方を見れば、楽しそうどころか、眉間に皺を寄せ居心地悪そうにしている。

しまった、と俺は後悔した。
入ったばかりのナギがファミリーに馴染める機会をなるべく多く作ってあげたいと少し強引に連れてきた。
しかし彼女の表情を見て、早くも自分のしたことを悔やむ。


「そ、そういえば!ナギって雲雀さんと仲良いよね」

話題を変えて空気を変えようとすると共に、気になっていたことを聞いてみる。

「まぁ、仲良いという程でもないですけど…。比較的話す方ではありますね」

ステーキの肉を器用に切り分けながら、なんてことなさそうにナギは答えた。

「俺なんてまともに話せるようになるまで何年もかかったのにさ…
どうしてそんな仲良くなったの?」

内心気になる返答にどぎまぎしながら、気にしていない様を装って一気にサラダを口に入れる。

ナギはうーん、といいながら肉を口の中で噛み砕いている。
ちなみにリボーンは無言で赤ワインを飲みつつまたもや肉を丁寧に切り分けながら口に運んでいる。

「私もよくわからないんですけど、私が調整した武器を、私がしたと知らずに使ったみたいで。
それを気に入ってくれて、それから私にチューナーを任せてくれるようになったんです」

よく話すようになったのはそれからですね、とさらっと言い終わると再び肉を口に運び出した。

そうだったのか…

特に2人の間柄に大したことはなさそうで安心する。
そして少し上機嫌になった俺はワインをもう一杯追加した。

「そんなに飲んで、明日のお仕事に差し支えないんですか?」

心配そうにナギに顔を覗き込まれ、そんな表情にもドキリとする。

「じゃあ俺が明日仕事できそうになかったら…
ナギが介抱してくれる?」

「えっ?」


ガシャ――ン



ナギが驚いた表情をしたのと同時に、近くでガラスが割れる音がした。

「失礼致しました、今拭くものをお持ちいたしますので」

そうウェイトレスが言いすぐさまバックヤードへと消えて行った。

音がしたのはまさに俺の隣で、其方を見れば案の定ワインのグラスをぶつけられ肩口から胸あたりまで濡れた不機嫌そうなリボーンがいた。
恐らく俺が頼んだものだろう。

「大丈夫ですか!?」

ナギが慌てて隣のリボーンに近寄り、手持ちのハンカチでリボーンの体を拭き始める。

「…あ、あぁ…悪ぃ」

リボーンもワインをかぶったことよりも、ナギに拭かれているということに少し驚いているようだった。
といってもポーカーフェイスを崩さない彼の微妙な表情の変化に気づくのなんて俺くらいだろうが。

「ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますよ」

そういってナギは遅れてきたウェイトレスと共にリボーンを丁寧に拭っている。


ナギは優しい。
普段どんな関係だろうと、目の前で困っていればすぐに手を差し出すような温かい子だ。
そんなところを素敵だと思う。

なのに…
献身的に拭っている様を見て、胸の奥がズキズキとする。


(俺って、こんなに心狭かったっけ――)


そんな自分が嫌になり、もやもやした気持ちを振り切ろうといつもの通りにリボーンに接する。

「大丈夫?」

「ツナ、ワイン悪ぃな」

「いいよ、そんなこと!」


笑顔で返し下を掃除するのを手伝う。
当然の事と思うのに、俺の胸のズキズキは何故か止まなかった。





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