長編

□もっと甘い嘘がいい
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膝元に感じる重みからは、どうしようもなく心地よい匂いがした。
さらさらと春の強めの風が、目の前の短めの黒髪をふわふわと散らせている。
伏せられた長めの睫毛が日差しの下で影を落とし、いつものように澄ましている整った顔をまじまじと見つめてみれば、純粋に綺麗だ、と思った。

一瞬、突風のようにざわざわと辺りが揺れる風が吹いて、近くの桜の木の花が一斉に散る。
目前が途端に薄桃色に染まる。
桜の匂いが一面に充満した。

散った花びらの一枚が、寝ている彼の髪の毛にふわりと乗った。
それを、そっと慈しむように取って眺める。
それはとても小さくて、しかし確実に春が来ていることを告げてくれる美しいものだった。


「…ん…」


伏せられていた瞼がゆっくりと開かれ、空と私を写した灰色の瞳が現れる。
鋭く、その瞳に捕えられれば身動きもできないほどの眼光がある。

「今何時だい?」

ふぁ、と1つ欠伸をしながら私にそう尋ね、彼は私の膝の上から上半身を起き上がらせた。

「もう昼の12時ですよ」

「…もうそんな時間か」

君の膝の上は寝心地がいいから、あっという間だよ、と少し口角を吊り上げさせて言う。
珍しく微笑んだその表情は、誰もが目を奪われるほど凄艶だった。

思わず彼の纏う空気に引き込まれる。
鋭い目つきに、陶器のような肌理の細かい肌、引き締まったスリムな体躯にスーツを着こなした彼は存在自体が尖った鋭利なナイフのようだと思った。

「本当はこのまま君ともっとゆっくりしていたいけど…
任務に出なきゃいけないから」

そういって彼はこの場を立ち去ろうとする。
背を向けた途端、何か言い忘れてたかのように、あ、と一言洩らした。

そして再び私の方へ振り替える。
そして一瞬、頬に柔らかいものが触れる感触がした。
瞬きを二度ほど繰り返してから、キスされたのだと理解する。

「ひ、雲雀さん!」

顔に熱が集まるのがわかる。恐らく顔は真っ赤になっているだろう。
そんな私を見ながら先ほど私に触れた唇をペロリと一舐めずりすると、
じゃあまたね、と言ってスタスタと歩いて行ってしまう。

(突然、なんなの…)

吃驚して放心状態になる。
彼は本当に雲のような人で、何を考えているのかさっぱりわからない。

気づけば彼の後姿はほとんど見えなくなっていた。

ふと仕事の約束を思い出して、慌てて腕時計に目をやる。

「もうこんな時間っ!急がなくちゃ」

山本さんと約束している時間まであと10分もない。
慌ててボンゴレ本部へと向かった。












「よお、ナギ!」

「山本さん、遅くなってごめんなさい」

中庭から本部へは想像以上の距離があり、時間を過ぎてしまっていた。
偶然中庭で会った雲雀さんに突然お昼寝に付き合わされてしまい、予定が少し狂ってしまった。
中々起きそうになかった上あまりにも気持ち良さそうに寝ていたので、寝顔に見惚れていたらすっかり逃げるタイミングを逃してしまったのだ。


「いや、まだ5分しか過ぎてねーし。
気にすんなって!」

気さくで細かいことを気にしない性格の彼には、ここに勤め出してからは本当に救われている。
笑顔でいつもなんとかならないことも、なんとかしてくれるような気がして。
そんな彼がこのボンゴレには絶対に不可欠なのだろう。

「それで、みてもらいたいのがこの武器なんだけど…」

そういって刀の匣兵器を差し出す。

「最近炎の注入のし過ぎか、耐久性に不安でな。
匣の強化お願いできるか?」

「勿論です!」

「さんきゅ!ナギの腕は一流だから信頼できるぜ」

そういってニコニコしながらわしわしと頭を撫でられる。

「そういや、ナギがここに来てもう一ヶ月経つな」

既にそんなに経つのか……。
言われて初めて気が付く。
始めは依頼されてきたものの、今ではファミリーの1人として認識されそこそこ充足した日々を送らせてもらっている。

「もうここには馴染めたか?」

「…はい!」

笑顔で答えると、山本さんもそっか、と微笑み返してくれた。

しかし、完全に馴染めたとは言い難い。
技術屋だった私は武器チューナーとしてここで働いてはいる。
しかし、武器は戦う者にとっては相棒そのもの。
それを預かるという事はそれなりの信用と責任が発生する。戦いにおいて相手の命を左右するものでもあるからだ。
それ故、何年も信頼し続けているチューナーでないと安心できないという人が山ほどいるのも事実である。
勿論のことファミリーの中でも自分に武器を何のためらいもなく預けてくれる人もいれば、警戒心から預けない人もいた。
そういった人は入って日が浅い私のことをファミリーだと認めていない場合も多い。
当然といえば、当然のことなのだが。


「色んなやついると思うけど、あんまり気にしない方がいいぜ」

珍しく真剣な表情で、山本さんは私の心の中を見透かしたように励ましてくれる。

「大丈夫です!」

精一杯の笑顔で返すけれども、今度は笑い返してはくれなかった。

「何かあった時は俺に言えよ。無理はしないようにな」

そういって私の髪を優しく撫でる。
山本さんってなんだか、

「お兄さんみたいですね」

「えっ?」

「頼りになるし、心配してくれるし」

思ったままを告げると、山本さんは眉間に少し皺を寄せて複雑そうな顔をしている。

「嬉しいような、悲しいような、微妙だな」

「…え?そうですか?」

個人的に褒めたつもりだったのに、嫌な思いをさせてしまったのかと不安になる。
考えれば私のお兄さんなんて嫌だったのかもしれない。

「まぁ、褒め言葉ってことで取っておくぜ」

そういって、一瞬にしてまたいつもの笑顔に戻っていた。
山本さんの笑顔を見ると元気が出る。

「じゃあ、任務に行ってくるな。」

「はい、行ってらっしゃい!
明日までに匣完成させておきますね」

あぁ、と笑顔を向けた後、山本さんは任務へと向かって行ってしまった。




「兄って思われてるうちは、俺ってまだまだだよな…」

そう1人、ため息をつきながら呟く。
複雑な気持ちを抱えたまま山本は急いで獄寺と共に任務へと向かった。






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