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不良なオレと優しいキミ








「愛星、お前は帰れ。それと俺から逃げてきたって言うんだ。」




俺は抱えていた愛星をおろし、少女の手を離した。





「なんで!?」





愛星は泣きそうな顔で叫ぶ。

泣かないのは彼女の強さだろう。



俺たちは学園の敷地と外部との境界線の森まで逃げてきた。


これでもう俺は裏切り者だ。


神崎の愛星を巻き込むわけにはいかない。


でも、もう後戻りはできない。


まだ愛星と一緒にいたい。



なんだか視界が霞んできた。

泣いているのだろうか。





「俺は椎名を裏切ったんだ!俺と一緒にいたらお前まで…。」





やみくもに叫ぶ。


愛星から目を逸らし、そう叫ぶ。



まだ一緒にいたい。


だけどそれは俺の都合だ。



愛星には関係ない。


ついに愛星に背を向けた。



すると何かが背に衝突してきた。


腹に腕が回る。



愛星か…。



抱き着いてきた愛星は何も言わずにただ行くなとばかりに腕に力をいれる。


あぁ、愛星はこんなにも温かい。



涙が頬を滑り落ちるのがわかった。





「どんなあなたでも愛せるから!」





だから、と言う愛星。


愛星は俺に向き合うよう誘導する。


黙って従う。

愛星は綺麗な指で俺の涙を拭き取ると両手で俺の頬を包みこんだ。



その行動があまりにも優しくて涙がもっと溢れてくる。





「椎名の家の翡翠も、そうじゃない翡翠も、革新派の翡翠も保守派の翡翠もなんだって愛せる。きっと好きになっちゃう。だから一緒にいさせて。」




「だけど夜星はどうすんだ。愛星はあいつのために、」





そうだ。

愛星は夜星が身代わりになるのが嫌で神崎にずっといた。





「もう大丈夫。だって兄さんが当主だから。それに夜星のためじゃない。私のため。誰かに必要とされたかった。今回だって自分が翡翠の傍にいたいから。」





愛星がついに泣き出した。



辺りはもう夜になっていて月明かりに涙が反射して綺麗だ。


俺はこのまま愛星と一緒にいたい。



ずっと黙っているあの人を見る。



微笑みながらこちらを見ていた。

なんか恥ずかしくなってきた。




俺は愛星の腰に腕を回し、少女の方へ向く。





「あなたはどうするんですか?」





少女は一歩前へ踏み出し瞼を閉じ直ぐに開く。





「私には迎えがきてるの。確認しとくけれど、いま私を連れて戻れば椎名の当主は許してくれるわよ。」





俺は首を横に小さく振った。





「そう。なら保守派にくる?」




「いいんですか?」




「もちろん。あなたは私の命の恩人だから。あなたはどうする?」





少女は愛星に問い掛ける。

愛星は少し戸惑っているが、すぐに頷いた。





「俺たちはまだやりたいことがあるので後で合流しても?」





無理なお願いだったが、彼女はすんなり承諾してくれた。


一枚の紙が目の前に差し出される。





「はい。じゃあ、逃走手順はこっちで指示するからここに電話して自分たちの名前と私の名前を言って。」




「わかりました。じゃあ、また。愛星行くぞ。」



「翡翠、愛星。あなたたちはもう私の仲間。全力で支援するわ。生きて私たちのもとへ帰ってきてね。」





その場を去ろうてしたら少女が俺達の背に声をかけた。



帰ってきてね。

という言葉が無性に心に浸透してきた。





「あの人いい人なんだね。翡翠が懐くのもよくわかるよ。」





そう言う愛星の声は少し寂しげだ。





「愛星…。」




「わかってる。翡翠があの人に向けている感情が恋じゃないことぐらい。でも少し嫉妬しちゃうな。」




愛星はそっぽを向き歩き始める。


俺は追いかけながらまずは病院に行こうと言い、愛星の頭を無造作に撫でた。




もちろん愛星は抵抗した。








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