凸の悩み凹の憂欝

□君の棲む箱
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「住臣君、この間の日曜、駅の向こうのショッピングモールに居なかった?見かけたんだけど」

「写真展があったから行ったよ。居たなら声を掛けてくれれば良かったのに」

「そうなんだけど、友達と一緒だったから。辞書ありがとう、後で返すね」

原みなみは、しっかりとした自分の意志を持っている。誰かの意見に流される事もないし、黄色い声で叫ばない。
フワフワと地に足が着かない女子とは違う、そんなところが気に入っていた。
原が好きだ。けれど、それが恋愛感情なのかと訊かれたら違うような気もするし、そうであるような気もする。

「おい住臣、お前、原とどうなってるんだよ」

「どうって、どうかなる訳無いだろう。友達なんだし」

「そう思っているのは桂吾だけなのかもよ。絶対に原はお前が好きなんだ」

冷やかされる俺を、久角の隣に座る奥寺がニヤついた顔で見ている。
久角グループの一員である奥寺信也は、女子全員を管理していないと気が済まない、廓の番頭のような奴だ。
茶色い前髪を弄り薄笑いを浮かべながら、教室を見渡して誰がどの女子と仲が良いか、いちいちチェックを入れている。

「ご苦労様だな」

「なに、なんだよ聞こえない」

「何でもないよ。独り言」

要するに暇なのだ。いかに女子にもてるかが第一で、流行りの音楽や髪型や服装。
そしてゲームにクラブにカラオケにプリクラと、次から次へと変わる流行を必死になって追い、女子の食い付く遊び場へ足繁く通う。

けれど、それらもマンネリ化すれば刺激も無くなる。
趣味趣向が違うだけで、彼等も俺もそう変わらない。繰り返すばかりの、退屈な毎日を過ごすだけなのだ。


「ちょっと思うんだけど。桂吾ってさ、いつもどこを見てるわけ」

「いきなり何だよ」

「いつもぼんやり窓の外を見て、なんか良いもんでも見えるのか」

細木に言われ、初めて外を見ていたのだと気が付いた。
何を見ていたかと問われても、窓の外には特別教室ばかりが入る旧校舎と、色変わりし始めた木が揺れているだけ。答えようが無い。

「別に何も。ただ見ていただけだよ。何があるって訳じゃない」

「ふうん」

「そういうところが女子の気を引くのかね。ガツガツしてないクール王子」

「やめろよ」

退屈な中でも、風景を見るのは好きだった。

陽の傾きや葉のざわめき。木漏れ日に雲の流れ。雲一つでも表情が違う。雨天は勿論だけど、風の強い日などは行進するように空を移動していく。
日曜日に行った写真展も、風景で有名な写真家のものだった。
濃い木の影や朝焼けや、ささくれだった公園のベンチ。ビルディングに電波塔に路地裏から見える光と影。
一枚の写真から、風や感触や匂いを感じ取る。そういう見方が好きだ。

「俺さ、ダンジョンモンスター買ったんだよ。今日、うちでやろうぜ」

「良いねえ、桂吾も行くだろ。俺んとこはコート整備で休みだし。じゃあ帰りに食いもん調達しよう」

「ああ。だけど小島、お前は部活へ出なくて良いのか」

「良いの良いの、今や幽霊部員なんだし。美術部なんてデッサンばっかでつまんないよ。サボったって、今更何も言われないから」

小島はゲームが趣味で新作を買うたびに俺達を誘う。
家が高校の近くにあるせいで溜り場と化し、こうして放課後に遊びに行くことも多い。

ゲームを買った、漫画の新刊を買った、小島は事あるごとに俺や細木を家へ呼んだ。
小遣いに限りがある身としては溜り場があるというのは助かるし、店を営む小島の両親は、自分達の代わりに小島を構う俺達を有難がり、夕食まで用意してくれる。
子供の頃から1人だったのだろう、小島の寂しがりな性格はそこから来ているのかもしれない。

「母ちゃんに言えばカレーでも作ってくれるぜ」

「でも、いつもご馳走になるのは悪いから。何か買って帰れば良いんじゃないのか」

「そんなん気にするなよ。うちの母ちゃんも父ちゃんも、2人が来ると喜ぶんだから。でもさ、帰りにハンバーガーでも食わなきゃ腹が保たないかもな」

細い腹を擦りながら屈託なく笑った。

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