漆黒の嘘つき
□第十六話
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杏里の持つ、久遠寺奏の情報は皆無であり、印象と言ってもあまりない。
・少年のような少女
・隣のクラスの図書委員
・学年の女子男子共に人気がある
・紀田正臣、竜ヶ峰帝人と仲がいい
・体育はいつも見学している
・成績はいいらしい
・淡白な性格
互いに間にいる男子二人を通してしか話したことはなく、彼女が自分を見舞いに来る義理はないと思っていた。
しかし、彼女は今、自分の目の前にいた。
手にはコンビニ袋を持って、いつもどおり男子のような格好で、気まずそうに、無表情にベッドの脇に立っていた。
最初に『よう』と言ったきり話さないので、とりあえず彼女は口下手なのだろうということが察せた。
「え、と。よければ座ってください」
『あ、どうも』
そういってベッドの付近にある椅子に腰掛ける。
それから数秒、ようやっと『これ見舞い品、嫌いじゃなかったら食ってくれ』とコンビニの袋を差し出してきた奏。
とりあえず受け取っては置いた。
中身はプリンとゼリーだった。
何で見舞いにプリンとゼリーなのだろうと思ったが、どうやら彼女の好きなものらしい。
恥ずかしそうにそっぽを向きながらそういう彼女がおかしくて少し笑った。
『それで、だな。少し言いたいことがあって、今日は来たんだ』
「? 何ですか?」
率直に言って、解らなかった。
彼女とは本当に交流と言う交流も数える程度しかなく、しかもそれは帝人や正臣を通じてのことだ。彼等と知り合わなければ彼女と話すことはなかっただろうし、彼女もそう思っているのだろうと想像がつく。
そんな彼女が自分に何の用だというのだろう。
『多分、お前はもう知ってると思う。おれが通り魔に襲われたこと』
「え、あ…そう、ですね」
そういえば、彼女は通り魔と言うよりは罪歌の子孫の少女に襲われてそれを回避したことにより平和島静雄と同じく、罪歌に注目された一人だった。
忘れていた。
それほどまでに彼女は、今回の事件との関係性は希薄だったのだ。
彼女が学校を休む以前の数日間、帝人が何故か彼女を異様なほどに心配していたことを思い出す。
『襲われたとき、「愛を受け入れてくれ」って言われたんだ』
その言葉に杏里は、はっとする。
罪歌の子供が言った「愛の言葉」。
それを、彼女は自分に言いに来た。
と言うことは、彼女は――
『その返事を、お前に言っても仕方ないんだろうけど、お前の中にいるのなら多分届くと思うから』
知っているのだ。
自分が罪歌の所持者であること。
自分が、今回の事件の犯人でないにはせよ立ち居地が『被害者』でないということを。
『おれはお前に愛されることは出来ない』
瞬間、自分の胸のうちで、頭の中で罪歌がざわめいた。
『おれとしてはさ、大歓迎なんだけど。
斬られた所で、斬られて死んだ所で万々歳、諸手を挙げて喜ぶくらいなんだけど』
一拍置いて、彼女は言った。
『おれを愛してくれた最初の存在が、お前の愛を受け入れるな、って言うもんだから、おれはそれに従わざるを得ないんだ』
だから、ごめん。
そういって、頭を下げた。
謝ることではないのだろうに。
こんなにも軋んで錆付いて浅はかで愚鈍な愛に応えられないからと言って、謝ることは何もないのに。
再度杏里は笑った。
「気にしないでください」