漆黒の嘘つき
□第七話
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普通制服姿でなら誰しも女か男かは分かるだろう。
それでも奏が説明を要したのだから、奏は私服で登校した、ということでここは正解だ。
そしてそれをしておきながら自分の性別を話したのだから男装で学校生活を送ろうとしたわけでもない。
むしろ彼女自身私服で学校に来ることを望んでいなかったくらいだ。
では何故彼女が私服で入学式に参加したのかというと。
時は数時間前に遡り、場所は彼女の家へと移る。
マンションの一室、普段寝起きは悪いほうでもいいほうでもない久遠寺奏が珍しく起き抜けから絶叫した。
発した言葉は「あのクソ親父」である。
それが両隣の部屋の住人に聞こえたというのだから、近所迷惑もいいところだが、それよりも小さい頃から彼女を知っている住人にしてみれば「何があったんだ」と思わなくもない。
思わなくもないが発した言葉に「ああ、またお父さんが何かやったのか」という勝手な納得の仕方をしてそれぞれの生活に戻った。
なんとも平和なマンションである。
それはさておき。
叫んだ奏の目線の先には何があったか。
茶色く染みのついた来良学園の制服だった。
とうとう気が狂った奏が何をしたか。
メールを打った。
そこそこ嫌いでもなければ好きでもない相手、折原臨也に向かってたった一言。
「助けて」
と。
それを見た臨也は唖然とした。
枕元にあった携帯が震えた瞬間「こんな時間に誰だ」と思ったが、彼女の名前を見た瞬間に「珍しいな」と摩り替わった感情がさらに摩り替わる。
彼女が助けてというのだから相当なことが起こったに違いないと、そう期待をこめて彼は電話をすると、「制服がコーヒーに濡れてる」と彼女の淡々とした言葉が返ってきた。
「何だ、そんなこと? クリーニングに出せば?」
(『そこで折原さんに連絡したんだよ』)
「は?」
(『安くて速いクリーニング屋知らないか?』)
そんなことを聞くためにあんなメール寄越すんじゃない、折原臨也が完全にツッコミに転じた瞬間だった。