漆黒の嘘つき
□第十六話
3ページ/3ページ
気にしないでくださいと杏里は笑った。
恐らくそれが奏の始めてみた園原杏里の微笑だっただろう。
少なからず奏は驚いていた。
「確かに彼女は悲しむかもしれませんけど。でも、それでも彼女は貴方を愛してると思うんです……だから、愛してくれるのに返せないなんて、気にしないでください」
私も、彼女には振り回されっぱなしですけど、気にしてませんから。
そういって笑う杏里につられて奏も笑う。
『そうか』
ひとしきり笑いあったあと、杏里は奏に尋ねる。
「でも、どうして私が」
その先をなかなか言わなかった杏里が何を問いたいのかはわかった。
それを尋ねられるのだろうということは解っていたのだから。
『ああ、人に聞いたんだ』
セルティさんだろうか、と杏里は思う。
でも彼を『人』と断定しているということは、彼女はセルティを知らないのかもしれない。
『多分、お前が黒幕だと思ってる人だと思う』
その言葉に、驚愕せずにはいられなかった。
何故なら、その人物を探し出そうとしていたのだから。
怪我が治ったら、いつかその人物を突き止め、自分や帝人や正臣の平和を壊そうとするのならば斬ろうと決めていた。
その人物の名前は、
「折原…臨也さん、ですか」
『解釈は任せるよ。仕事の都合上、それをあんたに言うわけには行かないんだ』
おれの仕事が増えるから。
とても面倒くさそうに付け足す彼女に、杏里は唖然とする。
「久遠寺さんは、一体どういうバイトをしてるんですか?」
『企業秘密』
唇の前に人差し指を立てて、シニカルに笑う彼女に、杏里はもう何も言うこともせず、ただただもう聞かない方がいいのだろうと理解した。
「じゃあ、久遠寺さんを愛してくれた最初の人は」
『それも企業秘密だ』
「どんな人かは聞いてもいいですか?」
『変わった人間だよ。多分そのうちお前も会うことになるんじゃないか?』
確証はない。
けれど、人間を愛するもの同士いつか出会うことがあるんではないだろうかとは思ったのだ。
その手を取り合うのか決別するのかは奏が知ったことではないが。
「そう、ですか」
恐らく、彼女に情報を与えた人間と彼女を愛した人間と、それから自分が黒幕だと思う人間は同じだろう。
折原臨也。
変わった名前のその人物が、自分の平穏を壊そうとしているのかもしれないのだ。そうなったら――
「あの」
『ん?』
「もし、私が、久遠寺さんの大切な人を斬ってしまったら」
『あの人がそんな簡単に斬られるとは思わないけどな……とりあえずまぁ、それは考えないことにしておくよ』
おれとしては結構、園原とも仲良くなれそうな気がしているからさ。
と、そういって綺麗に笑って見せる彼女。
杏里もそう思っている。
彼女は、杏里と同じ自分から人を愛せなくて、けど愛して欲しくてたまらない人間なのだ。
共通点は多い。
だから、
「あの、久遠寺さん」
何だ、と問いかけられる前に杏里は再度言葉を発す。
「奏さんって呼んでもいいですか?」
その問いに、奏また照れくさそうにそっぽを向いて、席を立ち身体を反転させてから、
『好きにしろ』
と言って去っていった。
彼女は意外と可愛い人間なのかもしれない、
そんなことが杏里の脳裏に過ぎって、また笑うのだ。
けれど、彼女とはいずれ決別するのかもしれないという思いがないわけではなかった
―to be contiued