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□痛いのはどっち
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綱吉は閉めきった窓の内側から外を眺めている。激しく打ち付ける雨。さっきまではあんなにいい天気だったのに。
「これじゃ出掛けられないなあ」
誰に言うでもなく呟くと、今外に出る必要もないでしょう、と後ろから声がかかった。
振り向くと、襖を開けて骸が部屋へ入って来たところで、その両手にはマグカップを持っている。おそらく足で襖を開けたか。
「うん。今じゃなくてもいいんだけどさあ」
マグカップを受け取りふうふうと息をかける。部屋干ししている為に室内はエアコンを少し暖かめに設定した。先日フィルターを掃除したばかりだから、より効きがいいようだ。
「きみ、今日は起きてて平気なんですか。いつもは岸に流れ着いた死体みたいなのに」
「いやうん、間違ってないけどね。今日はそうでもない。なんだろ、体調いいのかな」


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綱吉は、今はこうしてプチ逃避行(ということにしておいてくれ)を満喫しているが、かつて自らをボンゴレ10代目として認めさせるためにかなりの無茶を強いられてきた。怪我も絶えず、精神も擦り減り、一時は部屋を煙草の臭いで充満させていた程である。
綱吉の守護者達は内面的にも彼を支えようとしてきたが、そういう時こそ他人は信じきれないものである。夜も眠れず、枕元に銃を置いていた時期もある。それについて、誰も何も言わなかった、いや言えなかった。
数年経てばそれも落ち着き、油断は禁物ではあるが余裕も出てきた。しかし、当時負った傷はなかなか完治しないものだ。
雨の日はひたすら怠さ、鈍痛、酷い時にはずくずくと刺すような痛みが綱吉を襲った。さもすれば息をすることさえつらい程に。古い傷ひとつひとつが熱を持ち、しかし体の芯は寒く、頭や器官も締め付けられる。綱吉は内心雨が少し苦手になった。
そんな痛みをやりすごしながら仕事をしていたある日、普段は姿を見せない骸がひょっこりと執務室へと顔を出す。そうして一言、ーくさい。
次いで綱吉の顔を見、誰か死にましたかと呟いた。
その頃には特に死者もおらず、綱吉がきょとんとした顔をしていると、どうやら君が死んでいるみたいですね、と骸は口端を持ち上げた。
直後、腕を掴まれ強制的に執務室と隣接している仮眠室、そのベッドへと放り込まれた。俯せにさせられ腰のあたりに馬乗りされる。同時に綱吉の両の手は条件反射で炎を点した。自分を害そうとする者と対するうちに自然と身についた。ぐりんと状態をねじろうとするが骸が綱吉の肩甲骨あたりを上から強く押さえつけてきた為かなわない。シーツについている手の周辺がじりじりと焦げ付いていた。喉の奥からぐう、と声が漏れる。
「随分と、攻撃的ですね、今日は。それとも情熱的?」
骸は目元と口元を笑みの形にする。ぐっと更に体重をかけ、炎を点す綱吉の手を上から握った。
じゅっ、と骸の皮膚が焼ける音がする。
「やめろ、骸」
「いいから」
「骸!!」
「いいから、君は寝なさい。ほら、全身の力を抜いて」
言うと骸は背中を押さえていた手をゆっくりと滑らせた。撫でるように。
「骸、やめろ、やめて。今コントロールできないから、焼ける」
綱吉は喘ぐように声を出すが、骸が上から退く気配はない。逆に、手を包み込むように握られる。
「君が、落ち着いたら」
はっはっと荒く息をつきながら綱吉が後ろを振り返ろうと首を捩ると、骸が頬に冷たい唇を押し付けた。
背中を撫でる手がゆっくり、上から下、下から上へと行き来する。
綱吉が意識的にそれへと意識を集中させると、しばらくしてゆっくりと炎が小さくなっていった。
光源がなくなっていく為、元々電気のついていなかった寝室は再び暗くなる。
「は…」
「落ち着きましたか」
「お前ね…急に押さえ付けるから、びっくりしただろ」
完全に炎が消え、骸がゆっくりと上から退く。綱吉の手を握っていた掌は暗くてどうなっているか見えない。
「…手、見せて。火傷したろ。焼ける音した」
「熱かったですねえ。久々に僕を焼こうとした。でもほら」
体を起こそうとする綱吉の肩を骸はそっと制する。そうしてその顔の前へと白い手を広げた。
「…なぁ、なんでこんなことするの。下手したらお前、怪我とかじゃすまなかったかもしれないぞ」
「君がそんな口を叩けるようになるなんて偉くなったもんですね。疲れてるみたいだったから、休ませてあげようと思ったのに」
骸に押し返されたままベッドへ背中を預け、綱吉は深いため息をついた。頭が痛い。あ、腹も。目頭も熱くなってくる。
「どうせ古傷でもあちこち痛むんでしょう。君の生き方は効率が悪すぎる。その代償がこれだ」
「はいはい、俺は馬鹿だよ…」
「そういう事を言いたいんじゃありません。馬鹿なのは否定しませんが」
「うん…」
「聞いてるんですか」
「…寝ろっつったり寝ようとしたら怒ったり、なんなのよお前は」
言いながら綱吉は骸のネクタイへと手を伸ばす。そのまま強く引き寄せ、首に腕をまわした。
「なあ、ちょっと寝てもいいかな。まだ仕事たくさんあるんだ…」
「どうせ進んでないんでしょ?」
「うん…」
骸の髪へ指を通す。まだ少し熱を持った掌に、それはひんやりと馴染んだ。
「アルコバレーノには伝えといてあげますよ。貸し一ですね」
「今度おいしいチョコ買ってくるよ…」
「買いに行くときは僕も連れていきなさい。自分で選びます」
綱吉はゆるゆると目を閉じる。じわ、と熱が目の裏へと広がった。視界が赤い。
ずくずくと腹も、頭も痛む。しかし、先刻までとは比べものにならないくらい軽い。
ひや、と目の上に骸の掌が置かれた。残っていた痛みがなくなったような気がした。
「おやすみなさい、痛みなど忘れて」

それが骸による幻覚なのか、何なのかは綱吉は知らない。慢性的な痛みから解放されるならもう何でもよかったのだ。
それから、綱吉の古傷が痛む時、どこから嗅ぎ付けるのか必ず骸はやってきた。そうして綱吉を寝室へ放り込んだ。眠るまで傍にいた。契約される可能性がないとは限らなかったが、綱吉は頭のどこかで大丈夫だと分かっていた。
そういった後には必ず家庭教師様に小言をいただいたが、それは棘がなかったように思える。
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唐突に、ぺたりと服の上から背中に触れた冷たい手にびくりとする。
「少し熱を持ってますが、いつもほどではありませんね」
「今日は全然痛くないし苦しくないんだってば」
物思いに耽っている間に傍に座ったらしい骸が、床に自分のマグカップを置き体を寄せてくる。後ろから抱き込まれるようにされ、ポジションが逆だと思いつつも包まれることに安心感を覚えた綱吉は何も言わないでいる。
「ねえ、今日調子悪くないなら、いいでしょう」
「なーに?ちゃんと言わなきゃ分かんないよ」
「本当に?分からないんですか?」
珍しく綱吉の髪に鼻先を埋め、そのままじゃれるように首筋に口づけてくる骸の頭を手探りで撫でる。
骸が、雨の日に若干の情緒不安定になることを知ったのはこうして逃避行を実行して日本に来てからだ。本部にいる時には全く気づかなかった。
雨が降って綱吉が痛みに悶えているとき、骸はやたらと甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。体に触れたがる。普段は気まぐれで、綱吉が誘っても五分五分くらいの確率で断るくらいなのに。
「まあほかに特にすることないし。いいけど」
答えて横を向くと、待ってましたとばかりに骸に唇をぱくりとされた。
しばらく舌を絡め、ようやく離した頃には二人ともすっかりスイッチが入っている。
マグカップを倒さないようこたつに乗せ、カーペットの上に骸を押し倒す。
「カーテン閉めて。電気消して下さい」
すかさず言った骸に少し笑い、立ち上がりカーテンを閉め、部屋の電気を消した。自然室内は暗闇に包まれる。
骸のいる場所へ戻り、僅かな視界を頼りに服に手をかけるのをただ骸は見つめてぽつりと呟いた。
「君はいつも僕に抱かせてくれない」
「俺は生涯処女を貫きたいんです。こうされるの嫌じゃないんだろ?今更だけど」
「君にこうされるのは嫌じゃないけど、君の背中を見られないのはつまらないです」
「そんなに俺の背中を見たい?傷が」
「ええ。ぞくぞくして、はらわたがどうにかなりそう」
「そう。俺も見たいな、お前の傷」


綱吉は思うのだ。
確かに自分はたくさんの傷を負った。それらの跡は、ボンゴレの技術で消そうと思えば消せたものだ(痛みまでが消せるとは思えないけれど)。しかし、綱吉はそれらを消そうとは思わなかった。
骸も同様にたくさんの傷を負いながら生きてきた。それなのに、綱吉がその体を抱く際肌はいつも白く滑らかで傷ひとつ見つからない。
たまたま跡が残らなかったと言えばそれまでだが、それに対し綱吉の直感は違和感を訴える。
綱吉が言った言葉に対して張り詰めた空気に軽く笑いかけ、骸の白く滑らかな手を握った。
「いいよ、全部見せてよ。俺今思うとちゃんと骸の体見たことない」
「ちゃんと気づいてたんですね」
「いつもはこっちが死んでたからなぁ、言う余裕もないでしょ」
「確かに」
「本当はお前だって辛いんじゃないの?痛いの我慢してるんじゃない?」
「痛みなどとうに麻痺しました。それに、乙女は自らの醜い部分を隠したがるものですよ」
「30超えたおっさんが何言ってんの」
「…好きな人の前では、綺麗でいたいものなんです」
「わお、超レア。骸が好きって言うなんて。…俺もだよ」
「知ってます。だから」
「だから見せてよ。今まで俺ばっかりだよ」
綱吉が逃がさないよう上から覆いかぶさると、しばらくして骸は観念したように溜息をついた。
「…その後気持ち悪いと言っても知りませんよ。君が萎えたら僕が入れます。もし萎えなかったら…ひどくして」
「なんで?」
「きっと、僕はかつてないくらい死にたくなってる」
綱吉は骸の顔をよく見ようとしたが、彼は無表情だった。しかし、綱吉が握った手を握り返してくる。
その掌には熱いケロイドの隆起が広がっていた。








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