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□触れませう、4
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長期任務から戻った山本武が報告の為執務室へと足を運んだ時、ドン・ボンゴレである綱吉はちょうど執務室から繋がる仮眠室から出て来たところであった。
「あ、おかえり。お疲れ様、山本」
「よ、久しぶり。ツナもお疲れさん。寝てたのか?」
「さっきまでね。もう仕事に戻るよ」
「そか。あんま無理すんなよ」
二人だけの時のみ崩される口調。そうして報告を終え、山本が執務室から出ようとしたその時、仮眠室の中からカタン、と小さな物音が響いた。次いで、カタ、カタと。まるで服を物色した際にクローゼットのハンガーがぶつかりあうような。普通の人なら気付かないような小さな音であったがそれは山本の耳へとしっかり届いた。
同時に綱吉がびくり、と固まったのが分かる。
「ツナ、今…」
「ああ山本、報告書ありがとう!うん、あとは大丈夫だから!!ね?」
「仮眠室誰かいんの?」
「う、いやあ…えっと」
言いづらそうな綱吉の姿に、山本は驚いたように目を見開く。そうしたあと、にんまりと笑って綱吉の耳元へと囁いた。
「ツナ好きな子できたのか」
「ややや山本っ!これには訳があって…」
「なんだよ、隠すなよ。俺とツナの仲だろ?」
「うう…いやその」
「あ、でも流石に仮眠室はまずくね?ちゃんと部屋用意するとか、ツナの私室とかにいてもらったほうが…小僧にばれたらやばいぜ?」
「あ、いやそれは平気なんだけど…」
「小僧公認なんか。ならいいけど…ツナの気持ちが落ち着いた時にでも会わせてくれよな」
いつものようにニカッと笑った親友は数回、綱吉の肩を叩くと退室すべくドアへと向かう。
「山本…あ、ありがとう。なんか、ごめん」
「いいって。まだ内緒にしときたいんだろ?…にしても、なんか不思議な子だな。そこにいるのは何となく分かるんだけど、なんか…まあうまく言葉にできないし、いいか。じゃあな、ツナ」
「う、うん。ははは…」



山本武が退室してしばらく経ってから、綱吉は仮眠室への扉をそっと開けた。
そこにはクローゼットの前でちょうど着替え終わった骸…いや、骸に化けたレオン。
「リアリティ出しすぎだろ、リボーン…」
薄暗い部屋の中、一瞬見えた白い背中に綱吉はぐったりとうなだれた。
ため息を押し殺し、レオンへと近付く。
「なあ、日中は元の姿に戻ってていいんだぞ?レオンだって疲れるだろ?」
こちらを向いたレオンは裾を直しつつ、しかし一向に戻る気配はない。手櫛で髪を直しながら知らんふりだ。
「戻る気はないわけね…」
綱吉はもう何度目かわからないため息をつくのであった。








綱吉は悩む。
リボーンは自分に骸をおとせと言った。しかし、綱吉にとっての骸のポジションは非常に曖昧である。
綱吉は手を払われてから、進んで骸へ向かうことをほとんどしなかった。骸のことは、うっかり覗いてしまった記憶の断片や彼の部下から聞いたことくらいしか知らないのである。
「俺、骸のことほとんど何も知らないんだな…」
いざ口に出してしまうと寂しいものである。しかし事実であるのも間違いない。
復讐者の牢獄から彼を出してから、骸が表面上の自由を手に入れてから、綱吉は度々骸からの視線を感じることがあった。それは感情を読ませぬもので、骸が何を思っているかは分からないものであったが、綱吉には、骸から何かを訴えられているようだと思えてならない。少なくとも殺意はないようではあるなのだが。
骸は任務も人間関係もそつなくこなしてみせた。しかし、最低限しか綱吉に近付かないことも徹底した。それは、嫌いなら仕方ない事なのかもしれないが、それにしたって、違和感が拭いきれはしないのだ。
「こういう時超直感とか全然使えないしね…」
綱吉が本当に危険な時には超直感が働く。それがないと言うことは危険というわけでもない、ということなのだろうか。
「しかし今更ね…骸と友達になろうなんて」
仮眠用ベッドに座りぶつぶつと一人呟く綱吉の隣に、骸に化けたレオンが腰掛ける。それを横目で見遣った綱吉ははぁ、と大きいため息をつくとぽんぽん、と骸に化けたレオンの頭を撫でた。
「大体友達なんて間柄じゃなかったもんな、俺達。今こうして此処にいてくれるだけでも有り難いのに、それ以上を望むなんて図々しいのかもしれないな」
する、と頭を撫でていた手を頬へと滑らせる。低めの体温をそっと、やや硬くなった親指で撫でると骸に化けたレオンは目を細め、綱吉の手に自らの手を重ねる。そうして、するすると綱吉の腕を辿り首を撫で上げ、頬へと触れた。そのまま後頭部へと手を差し込み自分のほうへと引き寄せる。自然と綱吉は頭を抱きしめられる形になる。
「レオン…なんだよ、慰めてんの?でも元はと言えばお前が戻らないのが…て、あれか。俺がリボーンに愚痴ったのが原因か…」
お前も被害者だなあ、とレオンの背中を撫でるとレオンも綱吉の頭を撫でた。
リボーンは確実に楽しんでいると思う。いつも退屈しているような奴だ、綱吉が骸のことを零した時もあれは絶対に楽しんでいた。そんな彼に零した綱吉にも非はあるが、当時は綱吉も少しイライラしていた為に誰でもいいから話を聞いてほしいという節があったのだ。そして完全に逆恨みかもしれないが、リボーンがこうしてレオンを貸したりしなければこうして騒ぎが広がることだってなかったはずである。彼は今だってどこかから綱吉を観察しながらにやにやしているに違いない。
くう、と浮かびそうになる涙をこらえ、撫でてくる手を意識する。優しい掌、指先。清潔な服の匂い。ああ、あいつも誰かにこんなふうに優しく触れたりするんだろうか…。
ちらりと骸に化けたレオンの顔を見る。普段見る骸の顔と寸分変わらない造形だが、やはり本物の方は綱吉と会うことに警戒しているのか、きりりとした冷たい印象を受ける。力を抜くとこんな顔もできるのか。
綱吉と目が合った骸(以下略)は、しばらくするとふ、と目元と頬を緩ませた。一度も見たことのないその顔に、綱吉は目を離せなくなる。
なにそれ。反則だ、そんな顔。
綱吉が小さく息を飲んだ直後、ぶわ、と周囲の雰囲気が変わった。いや、この気配は。

「…何をしているんですか?」


静かな声が室内へと響いた。












骸は任務を終え、報告書を提出すべく執務室へと向かっていた。
結局何とかしなければと思いつつ、今まで何もできなかった。というより、執務室へ行く用事が出来なかったのだ。こっそり忍び込むことも考えたが、仮にもドンボンゴレの相手となる予定の令嬢の部屋(仮眠室ではあるが)へ忍び込むのは気が引けた。
執務室の扉をノックして開ける。中には誰もおらず、仮眠室へと続く扉が僅かに開いているのを見て、中に彼と相手ががいるのだと足を進めるのを躊躇った。中からはもうすっかり低くなった彼の声。骸は気配と足音をを殺し、ゆっくりと仮眠室の扉の脇まで移動する。
「…なんて間柄じゃ…………今こうして此処にいてくれるだけでも有り難いのに、それ以上を望むなんて図々しいのかもしれないな…」
骸が知らない優しい、少し困ったような声。ざわ、と心が波打つ。
ギ、とベッドが軋む音の後、布が擦れる音がしてからまた低い声。小さくて何を言っているのかまでは分からない。−何をしている。
つい野次馬根性が顔を出し骸はそっと、扉の隙間から中を覗き込んだ。











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