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□ゆきちょこ
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昨夜は雪が降った。
初雪にしてかなり積もったのに加え次の日が日曜日であったので、近所の子供達が公園や駐車場の隅、空き地などで雪遊びをしている姿をちらほらと見かける。
もれなく綱吉と骸が住むアパートの敷地内にある駐車場も子供達の遊び場として選ばれたようだ。

綱吉は早朝からよく働いた。
本来なら陽がのぼるまで暖かい布団の中に埋もれていたかったのだが、朝早くにアパートの大家に雪かきを手伝ってくれと駆り出されたのだ。
骸も起こそうと試みたが、やれ頭が痛いだの風邪をひいただの(要するに布団から出たくないということなのだが)ぐずるので、仕方なく綱吉だけ着替えて顔を洗い外へ出た。
「まだ若いんだから、動きなさい」
恰幅のいい大家のおばさんから雪かき用のシャベルを渡され、アパートの周りの雪かきを始める。外はまだやや暗いというのに、ほかにも近所のおじさん、おばさん、夫婦達が雪かきをしている、奇妙な光景。
雪なんて。雪なんて、子供達にとっちゃあ遊び道具だけど、大人にとっちゃつらい以外の何者でもないなぁ。
自分も雪かきをしながら、綱吉はかつての自分の家を思い出す。



まだ中学生だった自分。幼いランボ、フゥ太を連れて公園まで遊びに行った。
みんなで雪だるまを作ったりして遊んでいたら、通りすがりの山本や買い物帰りの獄寺君も巻き込んで、まあ、いつものノリで獄寺君に怒られたランボが泣いて、なんてしてたら、公園の前に立っている姿に気付く。
「クローム」
一応コートと耳当てをしているけれど、相変わらず短いスカートでひざ小僧を真っ赤にしたクロームに声をかけると、転ばないようにと気をつけながら公園へと入ってきた。
「…こんにちは、ボス」
「う、うん。クロームは買い物?」
聞くと、クロームは途端に顔を真っ赤にして俯く。そのまま小さくふるふる、と頭を横に振った。
何故顔を赤くするんだ。と、綱吉が慌てつつも声をかけられないでいると、気付いた山本が泣いているランボを宥めるのを止めて声をかけてくる。
「どしたん?ツナなんかしたのか?」
「えっ…し、してないよ!ど、どうしたのクローム」
綱吉がオロオロとしながら声をかけると、クロームは持っていた紙袋から包みを出した。
「これ…」
可愛い模様の描かれた半透明のビニールの中に、手作りであろう小さなチョコレートがいくつか。ビニールは可愛いリボンで止めてある。
「犬が食べちゃって、少なくなっちゃったけど…」
「そ、そうなの?えと、ありがとう」
その日はバレンタインだった。しかし、日曜日であることに加えそんなものとはあまり縁のない綱吉は、すっかりと忘れていたのだ。
(そういえば、イーピンは来なかったしな…みんなで家で何か作ってるのかな)
ビアンキが何かやらかさなければいい、とひやりと思いつつ、奈々の作る菓子に期待しつつ、クロームに礼を言いはにかむと、クロームも寒さに赤い顔をやんわりと綻ばせてくる。
その後山本、獄寺、ランボ、フゥ太にもそれぞれチョコレートを渡し、そそくさと去って行ったクロームを見送りながら、山本が綱吉へと肩を組んでくる。
「クロームってさ、絶対ツナの事好きだよな。モテモテじゃんツナ」
「あっ…あのアマ、10代目に色目を使いやがって…!」
「いやいや、違うって二人とも!」
チョコをもらった途端に機嫌の直ったランボを抑えつつ、それでも美少女にチョコを貰えたことに浮ついた空気が漂っていたのを覚えている。




(懐かしいなあ)
喉の奥でひっそりと笑い、がしがしと雪かきをしているうちに段々暑くなってくる。上着を脱いでアパートのドアの前へ丸めて置き、作業へ戻る。

おおまかに雪かきが終わる頃には、すっかり太陽がのぼっていた。お向かいの一軒家に住む子供達が目を輝かせながら外の様子を伺っている。早く遊びに行きたくてうずうずしているのだろう。
「田中さん、お疲れ様。これお駄賃ね」
大家のおばさんがツナに声をかけてきた。ここでは田中という苗字で通っている。
おばさんは手に中くらいの紙袋が持っていた。
「今日はバレンタインだからね」
「おお、やった。ありがとうございます」
受け取った紙袋はずっしりと重かった。手作りの重さか。
「同居人さんの分も入ってるからよろしくね」
「あ、そっちがメインか。渡しときますよ」
「いんや、あんた幸薄そうだからねえ。仲良く半分こして食べなさいよ」
「はあい」
大家のおばさんの料理はうまい。男二人暮らしの食生活を心配して、たまにおかず等をおすそ分けしに来てくれたりする。
たまに骸が応対するので、その顔見たさもあるのだろう。きっと。
「ツナあ、今日お休み?遊ぼうよ!」
どしんと腰にタックルしてくる二人。お向かいさんの家の子供達だ。母親がここの大家さんと仲が良く、たまに井戸端会議に巻き込まれたりすることもある。そうこうしているうちに、子供達にも懐かれてしまった。年齢的にも、親戚のお兄さん、みたいな感覚なのだろう。
「おっ、仕方ないなあ。ちょっとこれ置いてくるから待っててな」子供達から離れ、ドアの前に置いてあったコートを拾う。なんだか少し脇に寄せられている気がした。
「むくろ、そろそろ起き…あれ」
綱吉が部屋を覗き込むと、骸はいなかった。布団は仕舞われ、コートとマフラーもなくなっているので出かけたのだろうか。玄関にも靴はなかった。
「あいつ、いつの間に…手伝えよ」
大家さんから貰った包みを冷蔵庫へしまい、再び外へ出る。まだ少し暑かったので上着は着なかった。
外の冷たい風が気持ちいい。

子供達と雪だるまを作ったり、小さなかまくらを作ったりしているうちに、時間は正午をまわっていたようだ。
お向かいさんの玄関から母親が出て来て子供達を呼びに来た。
「田中さん、うちの子に付き合わせちゃってごめんねえ。良かったらうちでお昼でもどう?たくさん作っちゃったの」
「ほんとに?じゃあお邪魔しちゃおうかな」
「ムクロさんは?」
「ああ、あいつなんか俺が雪かき終わって一旦戻ったらいないの。出かけてるんじゃないかな…奥さんもあいつ目当て?」
「何言ってんの。違うわよ」
奥さんに背中を小突かれ家へと案内される。
家へあがると昼食の美味しそうな匂いと、それに隠れるように甘い匂いで満たされていた。



昼をご馳走になり、子供達が昼寝をしてしまったあと今度はその両親に捕まり談笑し、気がつくと外は夕方近くになっていた。
「あら、もうこんな時間。ごめんなさいね付き合わせちゃって」
「いやいや、こっちこそご馳走になっちゃって。ありがとうございます」
「いいのよ。あ、はいこれ」
玄関まで見送ってくれる奥さんの手にはふたつの包み。
「ええ。なんかもらいっぱなしで悪いなあ」
「ホワイトデー期待してるからね」
「あ、なるほどね」
「ムクロさんにもよろしく」
「なんだ、やっぱりじゃんか…」
「ふふふ」



家の前へ着くと、中の電気がついていた。
玄関のドアを開けると、中からぶわりと甘い匂いがが流れてくる。
「おかえりなさい」
「ただいま…なんか超甘いんだけど」
「もうちょっとで出来ます」
綱吉が家へ上がると、珍しくエプロンをした骸が狭いキッチンを占領していた。
「今日君をどうやって追い出そうかと思ってたんですが、自ら出ていってくれて助かりました」
「あのな…お前の分も働いてきたんだよ。あ、これ向かいの奥さんから」
「おや、それはありがとうございます。ご苦労様でしたね」
「ご苦労様とか思ってないだろお前」
ちゃぶ台の上には既に出来上がったチョコ菓子が所狭しと並んでいる。そこの端に、貰ってきた袋も追加した。
「そっちは食べちゃ駄目です。こっちのならちょっと食べてもいいですよ」
「本当?じゃあ頂戴」
骸の脇からキッチンに顔を出した綱吉の口にトリュフを押し付けられた。なんだか懐かしい味。
「どうです?」
「んまい」
「そうでしょう」
骸が満足げに笑ってくる。
その笑顔に何かが引っかかり、綱吉はそれの正体を探そうと記憶を探る。





ひたすら遊んだランボが疲れたから帰りたいとぐずるので5人が沢田家へ向かうと、奈々、イーピン、ビアンキのほかにハル、京子、クロームが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、ツッ君、フゥ太君、ランボちゃん。山本君も獄寺君もいらっしゃい」
甘い匂いが溢れる家へ通されリビングへ上がるとそわそわとした女子達がこたつの上に作りたてのチョコ菓子を並べていく。
「ツナさんっ、皆で頑張って作ったんですよ」
「おばさんに教えてもらったの。ね、クロームちゃん」
「うん…楽しかった」
「みんなすぐ覚えてくれて、おばさん嬉しいわぁ」
「隼人にはこれをあげるわ」
「げっ姉貴…ぐえぇっ」
「おいっ獄寺!…駄目だ完全に気絶してる」
「もう…照れちゃって」
「いやあ、ははは…」
「…ボス」
「え?…むぐ」
呼ばれた綱吉が振り向くと、口に丸いチョコを押し付けられる。
それは舌に乗った瞬間ほろ苦く、その後すぐにじんわりと上品な甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい?」
「ん、おいしい。というかクロームうちに来てたんだね」
「うん…皆と約束してたの」
「そっか。あの、チョコふたつもありがとうな」
綱吉が礼を言うと、クロームはきょとんとした顔をした後、ぽつりと言った。
「あれは私から。ケーキとかは皆から。これは、骸様から」
「えっ」
「これ…骸様が作ったの」
「そ、そうなの?骸が?」
「うん…自分もチョコ作りたいって…みんなには内緒」
「あ、ああ。言わないよ。…内緒、な」
綱吉がそう言うとほっとしたようにクロームが笑う。
その笑顔はクロームであってクロームでないような、気がした。




「あー…お前、母さんにお菓子の作り方教わってたんだっけ」
「おや、クロームがばらしちゃいましたか。懐かしいですねえ」
「うん。…それにこれ、母さんの味がするし」
「美味しいでしょう?」
「うん…へへ」
後ろから綱吉が骸を抱きしめる。骸は作業していた手を止めて、顔だけ綱吉の方へと向けた。
「なんですか、甘えん坊ですね」
「いやなんていうか…嬉しくってさあ」
チョコで汚れてどこにも触れない骸の手首をとり、その人差し指を舐める。甘い。
それからそのまま骸の唇へと口づけた。
骸の咥内は溶けるように甘く、綱吉を受け入れる。
唇を離したあと、互いの唇についたチョコを確認して笑いあう。
そうしてそれぞれの家庭で作った、それぞれの味を忘れないよう、しっかりと味わおうと思った。











「そういえば、こんなにチョコ作ってどうすんの」
「これからラッピングしてご近所へ配ってきます。残ったやつは今日の夕飯です」
「はあ!?夕飯?」
「おふくろの味。幸せでしょう」
そういう骸が一番幸せそうないい笑顔をしていたとか。

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