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□触れませう、3
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−最近、ボンゴレ10代目が夜な夜な自らの寝室に麗人を招き、楽しい夜を過ごされているらしい…。


クロームがその噂を耳に入れたのは偶然だった。たまたま談話室の前を通り掛かった際、室内から密かな声が聞こえてきたのだ。
彼らの話によると噂の発端はボンゴレの私室を出入りするメイドの目撃談らしい。そのメイドの話によると天蓋を下ろしていたのでよくは見えなかったようだが、その相手は長い黒髪と白い肌を持った、やや長身の人であったという。ドン・ボンゴレは面食いであるという噂が一部で有名なので、恐らく美しい顔をしているのであろうとのこと。
メイドがそのお方に気付きお茶の準備をするかと尋ねたところ、ドン・ボンゴレにやんわりと断られたという。自分でやるから大丈夫だ、と言い、メイドの視界からそのお方を隠すように、間に立ったのだとか。
ついにあのドン・ボンゴレにも相手が、そのお方とどうやって出会ったのか、私室に連れ込むということはリボーンさん公認であるのだろう、毎夜どのようにお楽しみなのだろうか…。
段々と下世話な内容になってきた彼らに気づかれないよう、クロームは談話室から逃げるように私室へと向かった。





噂は表立っては出てこないがまたたく間に広がり、綱吉は執務室の自らの椅子に座り頭を抱えていた。
「おいこらツナ」
「…ごめんなさい」
机の前には怖い家庭教師様が立っている。
「うっかりメイドにお茶片付けてもらうように頼んだの忘れてたんだよ…!急いで天蓋下ろしたから顔は見られてないと思うけど…っていうか!レオンの奴元の姿に戻れって言っても言うこと聞かなかったんだけど!?」
「調子悪かったんだろ。レオンに責任転嫁するつもりか。元はおめーがメイドに頼んでたのを忘れなきゃよかった話じゃねぇか」「…ソウデスヨネ…」
べちゃり。と音が立ちそうに机へ突っ伏した綱吉は尚も呻く。
「ああ…俺に相手なんていないよ…しかも勘違いされたの骸に化けたレオンだし…骸にばれたら殺されるかあいつ出てっちゃうかも…」
「かもな。そしたらクロームもいなくなるだろうし、霧の席が空くか」
「あああ…じゃなくて!守護者がどうとかじゃなくて!違うんだよ、俺骸とちゃんと話さないままとか、せめて話くらい」
「ああもう、ウジウジとうるせえな。で、俺のレオンを使って何か口説き文句のひとつでも思い付いたのか」
うだうだと悩む綱吉に青筋をたてながら、それをぶった切るリボーン。
対して綱吉は沈黙、そして溜息。
「それが、手を握ってみたらなんかドキドキしちゃって…あいつ顔綺麗だし」

レオンが化けた骸は声を発しない。綱吉が手を握る様を目で追い、そのままじっと綱吉の顔を見つめられては、もう。
リボーンは自らの眉間を押さえて頭痛をやり過ごす。
「確かにお前はヘタレだとは分かっていたが…今まで恋愛沙汰にほぼ無縁だったのがいけねえのか…。俺があえて口をださなかったのがいけねえのか、まさかお前そんな…」
「なんだよ!仕方ないじゃんか…!!」
顔を真っ赤にして綱吉が反論する。
「自分でもよく分からないんだよ…骸のことは昔から怖いけど何か危なっかしい所あるしさ。でも俺、骸に嫌われてるっぽいし、今更好きになってほしいなんて虫がよすぎるだろ。あいつにとってもうこれ以上嫌なことはしたくないんだよ」
はぁ、と溜息をつき綱吉は背もたれに寄り掛かる。リボーンは心底呆れたように目を細めた。
「でもさ」
「ん」
「なんか、気になるんだよな。どこか引っかかるというか…」
綱吉は昔の記憶を引っ張り出す。あの、最初で最後、骸に触れたとき。
「あの時、とにかく嫌だって感じで手を払われたけど、なんか、ほかにもありそうで。あ、嫌ってことは変わらないんだけど。けどそこだけなんか引っかかるんだよ…」














********




「その噂なら知ってます。最近ボンゴレは夜な夜な美人とお楽しみなんでしょう?」



部屋に戻ったクロームがその旨を骸に話して、それに対して返ってきた言葉だ。
「ボスに就任してから今まで色恋沙汰のひとつもなかったのが異常なんです。何も問題はないでしょう。むしろ彼にも余裕ができたのだと喜ぶべきなのではないですか?僕にはどうでもいいことです」
「そうかもしれないけど…」
クロームは言い淀む。
クロームが部屋へ戻った時、骸はちょうど風呂を出たところのようだった。しっとりと濡れた髪はより深みを増し、黒にも近く見える。
黒のTシャツにパンツというラフな格好の骸はスリッパを履きソファーへ腰掛けて新聞を読んでいた。
「クローム。君が何を考えているかは大体分かります。しかし、これは別に君が気にするようなことではないでしょう。これから生活するにもなんら問題はありません」
骸にこう言われてはクロームは何も言えなくなってしまう。しかし。
「骸様、ボスの事どう思ってるの…?」
静かに問うたクロームの質問に、新聞をめくろうとした骸の手が止まる。
「…骸様は、本当に興味がないのならそれに見向きもしないと思うの。なのに、ずっとボスの事を見てきたわ。それも、優しい目で。私は、骸様は少なからずボスの事を、」
更に言い募ろうとするクロームの柔らかい唇に骸は人差し指を当て続く言葉を封じた。静かな眼差しで彼女の方を見遣る。
クロームの目は涙で潤み、深い紫の瞳がゆらゆらと揺れていた。
「いいですか、クローム。確かに僕はボンゴレを気にかけていた。しかしそれはあくまで彼の隙を狙っての事…それ以外に何もありません」
「でも…」
「でももだってもありません。僕は彼に、此処に拘束される事を条件に水牢から出された。悔しいことにここにおいて彼の命令は絶対です。僕は此処から離れられない。彼を乗っ取りでもしない限り…まぁ、なかなかうまくはいっていませんが、しかしいずれは彼の体を手に入れ此処から消えるつもりでいます。このままマフィアの言いなりなどまっぴらごめんですからね」
ほろり。クロームの目から涙が一粒零れた。ふるふる、と頭を振り踵を返す。
パタンと閉じた扉を見て、骸は溜息をついた。彼女はこのボンゴレという空間を好ましく思っているようだから、賛同しかねるのだろう。それとも、骸の無意識下の感情を読み取ったのか。
骸の中でも矛盾が渦巻いている。
何故再び彼に触れるが為に色々苦労してきたのか。生死が関わることでもないのに、それはずっと骸の中でちくちくと小さい棘を出しては刺激してくる。
今までだって、彼と契約する隙は何度もあったのだ。しかしそれを自分は見て見ぬ振りを繰り返し続けている。
何故か。
彼に触れようとした際体が逃げようとするのは嘘ではない。おそらく、彼に浄化された時の事を無意識下で恐怖しているのではないかと思っている。あの光は、あたたかさは骸が再び会いたいと思わせるものであったが、それでも一瞬骸の体を強張らせる。
しかし、ボンゴレ内部において彼には隙がありすぎるのだ。10年経っても変わらない、あの気の抜けた笑い方はこちらの毒気すらも抜いてしまう。知らぬうちに、懐に手を入れられるような。そっと、暖かい毛布に包まれるような。
外側から内側からそれらが足音もなくやってくるのだ。
そうして気がつくとすっかり骨を抜かれている。逃げられなくなってしまう。
囚われてしまう。
ざわり。骸の背筋が粟立った。
しかし、それを不快でなく感じる自分もいる。それが一番恐ろしい。
「…確かに、いい加減何とかしないといけませんね」
骸は一人呟く。この、生温い環境を忌みながらもそれに身を委ねつづけたのは自分だ。何故こんなに、たかが彼に触れられない程度のことに悩みつづけたのだろう。
彼とこうなりたいなどという希望などない。ただ、なるようになるだけなのだ。
そしてふと、噂の内容を思い出す。黒い長髪に長身、白い肌…。
(彼はもっと小さめでふわふわしたのが好みかと思っていましたがね…)
しかし、ボンゴレ以外の誰の前にすら姿を見せないとはどういうことだろうか。見せられない事情でもあるのか、それとももっと落ち着いてから大々的に発表するつもりなのか。
いずれにせよ、興味はある。
骸は新聞を畳み、ソファを立ちあがった。

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