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□触れませう.1
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ぱしん。
「あ……ごめん」
払われた右手がじんわりと熱を持っていく。つい先程、ひょんなことから骸の腕へと触れた右手だ。

「いえ、僕こそ…すみません」
骸は気まずげに目を逸らし、綱吉が触れた場所をそっと撫でる。
綱吉が骸に、戦闘以外で触れたのは初めてだった。
しかし、それから今まで綱吉から骸に触れたことはない。もちろんと言うべきか、逆も然りである。








あれから10年、かつての少年達はいまだ共にいる。それも、片方にとっては殲滅の対象でもあったはずのマフィアであり、互いにそろそろ嫁の一人や二人いたところでおかしくもなんともない年齢である(怖い家庭教師様曰く)。
霧の守護者の片割れであるクローム髑髏が自室に戻ると、キングサイズのベッドの真ん中あたりが不自然に盛り上がっていた。
クロームは着ていたコートをハンガーにかけ、そっとその膨らみへと近づく。
「…骸様、まだボスに触れなかったの?」
「うるさいですよクローム」
即座に返ってきた低い声に小さく溜息をついたクロームはスプリングのきいたベッドへ上がり、膨らみをそっと撫でた。
「私が触っても平気なのに…」


六道骸は人の体温に触れるのが苦手らしい。こうしてクロームが何事もなく彼に触れられるのは、彼と彼女が長い間体を共有していたからであろうという結論が二人の間で導き出された。彼女よりも長い付き合いである二人も、まあ許容範囲内であるようだ。そもそも彼らは骸のこうした体質を知ってか知らずか、不用意に彼に触れようとはしてこない。
クロームがこの事実を知ったのは、未だ彼と精神世界でしか会ったことのない頃である。それをぽつりと零した彼はすぐに気まずそうに口をつぐみ、そうしてから忘れなさい、と言った。
しかしクロームは忘れられる訳がなく、自分なりに原因を探しつつも色々と助言をしてみたり、試してみたりを繰り返している。しかし。
「もう10年です…」
10年、骸は綱吉に触れていない。触れられないというべきか。本当にあの、手を振り払った時が最後なのである。
綱吉も分かっているのか、今はもう自ら骸に触れて来ようとはしてこない。
骸自身、幾度と触れる努力はしてきた様ではある。しかし一度も叶わぬまま。

クロームが毛布をめくり、骸の姿をあらわにさせると骸はもそもそと体を起こした。彼の若干乱れた髪をクロームが指で梳くと、骸は彼女よりも約2関節分大きな、しかしほっそりとした指でクロームの髪へ触れ頬へ触れ、額に唇を押し付ける。ゆっくりと離した後に深い溜息を吐いた。
「こうしてクロームには触れられるのに、どうしてなんでしょうねえ…」
ゆっくりと包み込むように抱きしめられ髪を撫でられ、クロームも骸の背中へと腕をまわし、宥めるようにそっと撫でる。
「あの手が近づくと、体が逃げたがるんですよ」


彼、沢田綱吉が腕に触れた時、そこが電流が走ったようになり思わずその手を振り払った。その時、驚愕と恐怖に似たような感情があったのをよく覚えている。
精神的な余裕がない時など骸には珍しく、思わず謝りはしてしまったものの疑問ばかりが残り、そっと触れられた部分を撫でた。
綱吉も、何の気無しに触れてしまっただけで、まさか振り払われるとは思っていなかったであろう。それほどに、その時の二人はまるで普通の友人かのように他愛のない会話をしていたのだ。
しかし、骸が手を払ったことにより互いの空気が一気に重くなり、その後ははぎこちなく別れた。



「骸様、ボスが怖い…?」
クロームがぽつりと聞くと、いいえ、と耳元で返事を返される。
「むしろ、彼のほうが僕を怖がっているでしょう。彼は僕を苦手としている。あれからずっと」
そんなことないの。
クロームは伝えたかった。しかし、これはクロームの問題ではないのだ。直接に口や手を出すわけにはいかない。だから、せめて彼が動く決心をつけられるように働きかけるしかできない。
ねえ、お願い。お願い。気づいて。もう一度触れてみて。
大丈夫だから。



薄いけれど広い背中をゆっくりと撫でながら、クロームは彼のオレンジ色の炎を想像する。
あたたかくて優しい、彼のいのちの象徴。
それを、知って欲しいと思った。

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