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□いい夫婦の日
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「今日はいい夫婦の日なんですって」
「…どうしたの突然」
「…いえ、世間にあやかって言ってみただけです」





ここは綱吉の部屋。いつの間にか部屋に乗り込んでいた骸は先程からポリポリとポッキーをかじっている。
何時からか、水牢に閉じ込められている筈の骸が綱吉の部屋へ現れるようになった。はじめのうちは綱吉も悪寒が走ったり、嫌な予感がしたり、身構えたり、泣きそうになったりしていたが、骸の「嫌なら君の先生にでも言い付けてみてはどうですか」の一言でそれは八割方消え失せた。
リボーンに言う、それはつまり骸がこの部屋に来ることに対して何かしらの対策をとると言うことで、骸をこの部屋へ入れなくするということ。一応守護者の枠であるというのにこの対応はおかしい気がするし、何よりもそう提案した骸がなんてことのない事のよいにそれを言った為、なんだかとても、追い出すなんて無理だと思えたのだ。



綱吉は考える。骸はとても不器用なやつだ。
あんなに手際良く脱獄やら契約やらしてみせる割に、そうだ、人とのコミュニケーションが下手くそなのだ。
仲間の事を玩具だなんだと言い、結局はその玩具だけを逃がして自らは冷たくて暗い牢屋へぶち込まれてしまった。
城島犬や柿本千種は真摯に、健気に骸の言い付けを守り現在は大人しくしているが、きっと心の中では今すぐにでも骸を救出して、また共にいたいと思っているだろうに、骸はそれに気がつかない。
まだ知り合って日が浅いクロームだって、きっと、骸に会いたいと強く願っていると思うのだ。
それなのに、骸はこうしてクロームに体を借りて、城島や柿本ではなくわざわざ綱吉の所へ現れる。それも何度も。
綱吉は、我慢できなくなってついと口を開いた。
「…なあ骸。お前さ、なんでうち来んの?城島とかさ、会わなくていいの」
すっかり集中できなくなったゲームの電源を切り骸の方を見ると、骸はポッキーを摘みながらベッドに座り、熱心に綱吉の部屋にあった漫画を読んでいる。
「後にしてください。今いいところなんです」
「いや、読みたいなら貸してやるからさ」
「持って帰れませんし、クロームの体でヘルシーランドに持って帰ったら犬にびりびりにされてしまうかもしれない」
「あ、まさかそれ?お前がうちに来る理由ってそれなの?」
骸がぱちりと瞬きして、ようやく綱吉のほうを見た。
「…そうですけど?」
「あ……そう」




そうか、骸の目当ては自分ではなく自分の部屋にある漫画だったのか。綱吉は自らの考えが杞憂であり、自意識過剰であったと理解し羞恥でいっぱいだ。
一方、骸は何食わぬ顔でポッキーをかじりつつ、漫画を閉じた。
「これ、この巻までしかないんですか」
「えっ?あ、うん…それまだ続いてるから」
「そうですか」
じゃあ今日は帰ります。そう言い立ち上がる骸をぼんやりと見送る。今日は帰るのが早い。
「…あの、」
「あっ…なあに」
綱吉はつい反射でいつも家にいるチビ達にするように返事をしてしまいはっと口を抑えるが、骸は上着を着ているのでこちらを見ていない。
「今日は、いい夫婦の日なんですって」
「どうしたの突然」
「…いえ、世間にあやかって言ってみただけです」
骸の立てている襟の向こうに僅かに見える横顔は、何を考えているのかさっぱり分からない。

「それじゃあ、さよなら」
















「ツッ君?どうしたの、ご飯あまり進んでないじゃない」
「ん…いやちょっと考え事」
「なんだオメー、いっちょ前に悩み事か」
「いや、なんていうかさぁ…」
リボーンに、まさか骸の事を考えていたなんて言えるはずもなく、無心に箸を進める。この先生はことある事に、骸に同情するなと言ってくるのだ。
「そういえば、骸君はちゃんと帰れたのかしら?少し家は遠いって言っていたけど。ツッ君ちゃんとお見送りはしたの?」
綱吉が噴き出す。ランボがツナきったね!と叫んだ。
「え?…え?かあさん、骸知ってんの?会った?」
綱吉が口を拭いながら奈々に聞くと、奈々はきょとんとして綱吉を見る。
「あら、六道骸君でしょう?初めてうちに来た時にわざわざお菓子まで持って挨拶してくれたのよ。今でもたまにお茶に付き合ってくれるの」
「なにそれ知らないよ!なんで母さんが骸と仲良く…え、なんで!?」
「骸の奴…人妻趣味か」
「何言ってんのリボーン!勘弁してよ!!母さんあいつ変なことしてない?」
かの先生はにやにやしている。危険…ではないのだろうか。
「あら嫌ねえ。骸君は優しくてとてもいい子よ?ただちょっと、世間を知らない感じはしたかしら」
頬に手を当てる奈々を呆然と見て、綱吉は口をぱくぱくとさせるばかりだ。
「スーパーでタイムセールがあるとかも知らなくて、今まで普通に高いものを買ってたみたいで、今度一緒にタイムセール参戦する約束もしたのよ」
「主婦かよ…」





「そうね、あとは今日がいい夫婦の日だって言ったら関心を持ってたみたい」
「いい夫婦の日…?」
「11月22日だからいい夫婦の日。こんな時あの人が帰ってきたら素敵ねぇって言ったら骸君、すごく綺麗に笑ってきっと叶いますって言ってくれたの!素敵よねぇ」
「骸が、」






綱吉が口を開きかけたとき、玄関のドアがすごい勢いで開いた。
「奈々、奈々ーっ!!無事か!!?」
「あなたっ?」
驚いた奈々が玄関へ走っていく。綱吉は先程から開いた口が塞がらない。
リボーンはただにやにやと笑うばかりだ。
「奈々っ、お前事故に遭ったって携帯に電話が入って…怪我は」
「あらやだ、事故なんて遭ってないし怪我もしてないわよ。それよりあなた、今日帰ってくるなんて聞いてないからびっくりしちゃったわ」
奈々の大きい瞳がキラキラしている。まるで10代の乙女のようだ。
「ツッ君!骸君が言ったとおりになったわ!夢みたい」









骸お前、マフィア嫌いって言ってたじゃん。俺の父さんだってマフィアの、しかも幹部なのに、大嫌い代表って言ってもいいくらいなのに、お前何やっちゃってんの。
父さんに連絡したの、お前だろ。何やっちゃってんの。
いい夫婦の日ってお前、そんなの、母さん達は何年だって会わない時があったのに、そんなの、お前が気にする程のものじゃないじゃん。
自分は家帰らない癖に、何やっちゃってんの、お前。
綱吉の拳に力が入る。
不器用な、一人の少年の頭をぱかんと殴ってぎゅうぎゅうに抱きしめたくなる。
次に骸が家に来たら、チョコのポッキーとケーキでも用意しようと思った。




「骸のやつ、もしかしたらマザコンな節があるかもなぁ。それか本当に人妻趣味か、ママンに惚れたか」
「やめて!それだけはやめて!」
「うちに来るのも奈々目当てとか」
「まじでか!人んちの母親に手ぇ出すなよ!!」



後日骸に問い詰めたところ、「奈々さんですか。好きですよ」と真顔で返されひっくり返った綱吉がいたとか。

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