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□こたつむり
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「ニートってすごいねぇ」
つい先日出したこたつに足を突っ込みながら最近ようやく売り出したみかんを剥きつつ俺が呟くと、こたつの向こう側からぬっと少し骨張った手が生えて、お膳部分の上を手探りで動く。
「ニートって何ですか」
「世間では今の俺達みたいな奴のことを言うね」
「こたつに入り浸る人ですか。入り浸って何が悪いこんなものを作った人間が悪い」
「いや働かないで家でぐーたらしてる…って開き直んなよ」
今俺の目線にカメラを持って来てみろ。白い手がぺたぺたとお膳の上を這い回って気持ち悪い。
みかんか。お膳の中央の器に盛られたみかんが目当てなのか。
「みかんどこですか」
「そこだよ」
「そこじゃ分かりません」
じゃあ起きろよ、と言いたいが返事は見えているからあえて言わない。「こたつが僕を放してくれません」だろ。
暗に取れと命令してきているわけだがここは腐ってもボンゴレ10代目。素直に言うことを聞いてやるわけにはいくまい。ボスって大変だ。
「みかんが呼んでるよ。『ちゃんと起きてから僕を食べて!』」
「うざい。大体一人称が僕だなんてキャラ被るじゃないですか。パクリなんですか」
「いやみかん食べるなら起きて食えよ」
「こたつが僕W「分かった言うな」

言葉を遮ると沈黙が訪れる。寝転がったままの骸が「超直感め…」とか呟いていたが正直超直感は全く関係ない。
お膳の上に力無く乗っていた骸の手は、既にみかんを諦めたのか人差し指と中指を足のようにしてお膳の上を優雅に歩くように動いている。優雅だ。
「で、ニートが何ですか」
「は?」
「ニートがすごいと言ったでしょう。何がすごいんですか」
「ああ…いや、働かないでもご飯があって住むとこあって、好きなことして生きられるのっていいなーって。俺達今ニートしてるみたい」
俺がみかんの皮を畳みながら言うと、骸がふん、と鼻で笑った。
「君はどんなに逃げてもマフィアのボスという職についています。今は休暇のようなもの。つまり君はニートではない。ニートにはなれない。ついでに言うとこのボロアパートの家賃もきちんと払っています」
「はいはいお前の嫌いなマフィアのな。いいじゃんちょっとくらい気分味わせてくれたって」
「じゃあみかん取ってください」
「やだ」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。プライドの高い骸にとってニートという単語はあまりいい印象を持たれなかったようだ。



「…大体ニートとは総称であり、そう呼ばれる人間は一人ではないでしょう。それぞれの人間に思惑があり、都合があり、例えそれの一部が怠惰から生まれたものだとしても、そうでない人もいるんじゃないでしょうか。ニートと一言で纏めるのはいささか納得がいかない」
「お前ほんとに面倒臭い考えするね。纏めちゃったほうが楽な時もあるの」
俺がふたつめのみかんを手に取ると、こたつの中になんとか収まってる骸の足がずるずると抜けていく。
どうやらこたつから出たようだが俺はそれを視認せずにみかんをせっせと剥きつづけていた。
すると突然俺の左足が勢いよく掴まれ、こたつのなかに引き込まれる。俺が剥いていたみかんが手を滑り座布団の上に転がった。
「うあっ、ちょ…」
「ねえ、今からニートしましょう」
もぞもぞとこたつ布団が盛り上がり、ぼさぼさに乱れた髪の骸が頭を出す。
「え、何、ニート嫌なんじゃないの」
「気が変わりました。僕達は今からニートです」
完全にこたつから上半身を生やした骸は座布団に転がったみかんを目ざとく見つけて拾い、もぐもぐ食べはじめる。
「ひどい、俺のみかん」
「僕のために剥いてくれたんじゃないんですか」
「んなわけあるか」
みかんの房をちぎる骸の手から俺もひと房ちぎってもぐもぐしていると、骸はもそりと座布団の上に寝転がる。
「またこたつむりなの」
「ひぇちぁいぁう」
「飲んでから話そうな」
みんな、こいつが案外無作法なの知ってるかな。やればなんでも完璧にこなすのに、やる気がないとなんでもフリーダムにやってみせる。
「…違います」
「じゃあ何だよ」
聞くと骸はみかんの汁で汚れた指を俺の服で拭きながら、ごろりと俺の顔を見てくる。
「今から僕達はニートになります。それの条件は?働かないで、住むところがあって、あとは?」
「…好きなことをする?」
「そう、好きなことをします。ねぇほら」



骸が手を伸ばしてくる。そのまま俺の胸倉を掴み、強引に引き倒した。そのあとに、首に腕を回し唇を舐めてくる。熱い。
「舌あっついよ骸」
「ずっとこたつ入ってますから。でもこれからもっと熱くなります」
「誘ってんの?」
試しにこたつの中の骸の腰を撫でると、長い足を絡ませてきた。熱い。
「こたつでするのもいいでしょう?」
「いやお前出たくないだけだよな」



軽口を叩きながらじゃれるように転がり、舌を絡め、体をまさぐりあう。
こたつから出る頃には俺が剥いたみかんの皮も硬く萎れているだろうか。







「今だけです。また戻らなくてはいけなくとも、今だけは」
骸が小さく呟いた一言が忘れられない。
 

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