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□思うのだ
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僕は思うのだ。人とはなんて哀れな生き物かと。
人としていわゆる親に勝手に作られ(僕もきっとそうであった)、育てられ(物心ついた頃にはもういなかったけれど)、そうしてその環境によりそれぞれ違う人間に育った子供らは混沌という名の世界に放り出されるのだ。
そこで、自分ではないほかの人間に出会い、恋をし、そうして、まだ子供を作るのだろう。
「どう思いますか」
「・・・俺はそれよりも、どうしてお前がそんな捻くれた言い方をするのかが不思議だよ」
「これが僕が生きてきた環境だからです」
かちゃり、と小さい音を立ててティーカップが皿の上に戻される。
沢田綱吉は長いこと書類と格闘して疲れきった目を、ようやく六道骸へと向けた。
骸が綱吉に淹れた紅茶は砂糖が入っていて、やや甘めだ。
「で、どうしたの骸。確か今日はオフだったよな?何かあったのか?」
その声は、低いとは言い切れずとも過去と比べて低く、甘さを含むようになった。たまに出す喉を掠るような呟きは、彼が大人になったのだと意識させるのに充分だ。
止まった手に握っていた万年筆を置き、よっこいしょと椅子を立つ。
腰がぽきりと音を立てた。
骸は来客用のソファに座ったままだ。
「はい、今日はオフです。昨日まで長いこと出ていましたからね・・・。しばらく見ていなかった愛しいボスの顔を見に来たのですよ」
「そう、それはありがとう。俺はこの通り書類に追われる毎日だよ。お前も今日休みなら部屋でゆっくりすればいいのに」
「そのゆっくり、が僕には分からないのですよ。時間は常に動いています。過ぎたものは戻らないのに、ゆっくりなどしていられますか」
骸はそう言いながらも「ゆっくり」、綱吉の顔を見た。まるで親の様子を伺う子供のようだ。らしくないが、綱吉はそれが骸からの合図だと知っている。
その様子を見て、少し笑った。ソファに座り、骸に言う。
「おいで、骸」







骸は気まぐれだ。
時折こうして俺の部屋に来て、紅茶を淹れ、他愛のない話をして、そうして、俺に触る。それはただ手を握るだけであったり、髪を撫でたりキスをしたり、かと思えばそのままベッドになだれ込むことだってあり、その時によってまちまちだ。
はじめのころはそりゃ戸惑ったし怒ったが、普段シニカルな笑みを浮かべているその顔が剥がれ落ち、まるで捨てられた子供のような顔をする骸を見たら、そんな事は言えなくなった。
今ではまるで獰猛な肉食獣の可愛い一面を見てしまったようで、手放せない。
いとしい、のだ。
「あぁ・・・」
骸は俺に触るとこうしてしあわせそうに吐息を漏らす。それは本当に幸せだ、と言っている様で(そう感じてしまう俺は自惚れているのかもしれない)俺まで幸せな雰囲気になってしまう。
しかしその空気は骸の一言により霧散する。まったく、空気を読まない奴だ。
「さきほどの話の続きですがね、僕たち生き物は子供を産む為に生きています。それは男と女の営みで、同性である僕らには、その行為をする意味はないんです」
二人折り重なるようになった長いソファの上、俺のよれたYシャツに顔を埋めてもごもごしながら骸が言う。
「男には子宮がなくて、精子しかなくて、入れる穴だってひとつしかない。いきものとして子供を残す行為が、それがいきものが生きていく為の存在理由であるなら、それをたがえる僕たちはいきものじゃあないんです」
「極論だなぁ・・・だいぶ、疲れてるね。それか酔ってる?酒のにおいはしないけど」
「いいえそんなことはありません。一滴だって飲んでいませんからね。それよりも、君はこの行為をどう思いますか?君の尻に入れて、出して、掻き出す行為。精子を無駄に消費して、殺す行為」
「生々しいなぁ」
「僕はね、思うんです。僕は君を疎ましく思ってはいますが嫌いではない。けれど、そうした行為を君としている僕は、それとはまた違うところにいるんです。君にね、僕を残したいと思っている。それは、君を男として見ていない、生き物として、男が女にする、子供を残したいという欲求があるんです」
俺はうんうんと相槌を打ちながら骸の髪を撫でた。さらりと流れる深い藍色の髪は俺の指へ絡み、そして逃げた。
相当疲れている。骸はいつもそうなのだ。
普段はそれを見せないけれど、それが限界にくるとこうして、昼だろうが夜だろうが俺の部屋へやってきて、こうして触れてくる。だから、骸が俺の部屋に来るのは合図なのだ。
「要するに、骸は俺と子供を作りたいの?」
「いいえ、違います。君に触りたいだけです・・・それだけなのに、この行為の意味を考えると、どうも。しかし、一番これがいい」
うじうじと悩む姿は、きっと俺にしか見せたことがないんだろう。普段きっちりした格好を崩して、きっとわざわざ人払いまでして。
「そうだなぁ・・・俺も、最初痛いしお前まじ意味分かんねぇとか、思ったけどね」
「・・・」
「触りたいって思うのは、誰でも一緒じゃないかな。俺も寂しいとき、誰でもいいから触りたくなるよ」
「・・・このあばずれが」
「ひどいな!そういう意味じゃないって。だってお前は仕事でいないんだもの」
なだめるように骸の背中を撫でる。彼は身じろぎひとつしない。
「よくビアンキがさ、愛について俺に色々言ってくるよ。俺とお前がこういうことしてるの知ってるからなのかな。ビアンキ、お前のこと嫌いだし。何で男と、しかも相手は六道骸で、俺が女役だなんて、いつ殺されたっておかしくないわ、気がしれないって」
似ていないビアンキの真似をしながら、骸の髪を弄び続ける。なんて素直な髪だ、本人とは似ても似つかない。
「でもね、俺思うんだよ。ひとが体を繋げるのは、その人が好きだからだろ?子供がほしいって思うのも、結果掻き出してしまうとしても中に出したいって思うのも、そうやって体のいちばん深いところに入れる行為も全部、好きだからだ」
「好き・・・」
「一番深くて柔らかいところに入れて、体の中がお前でいっぱいで幸せって思えたら、俺は幸せだけどなぁ。子供はできないけれど」
すん、骸が鼻をすすった。俺の匂いをかいでいる。こら。
「つまり、君は生き物の目的は子供を作ることでなく、しあわせだと感じることだというんですね」
「少なくとも俺はね、そう思うよ。ほかの人とかは分からないけど。だって、好きじゃない人と子供を作ったって幸せじゃないし。生まれてくる子供だってそんなのかわいそうだ。愛を、教えてやりたいよ。たくさん、もちろんお前にも」
骸がゆっくりと体を起こした。熱のこもった瞳が油をひいたみたいに潤んでいる。
いつもの表情が抜け落ちている。そう、この顔が好きなのだ、俺は。
ぎしり、とソファが軋んだ。骸の顔が近づいてくる。
一回触れるだけのくちづけをして、骸が俺の首筋に顔を埋める。
そのまま抱きしめられてすこし苦しかったけれど、俺も骸の背に腕をまわす。ぽんぽん、と背を叩いてやる。









「それにね、男にだって尻って穴があって前立腺ってものがあるし。男だってちゃんと、入れられて気持いいところがあるんだ。大丈夫、神様は俺たちを見捨てちゃいないよ。いくら幸せでも痛いだけじゃたまらないからね」
「・・・君は可愛くなくなった。空気を読まない」
「お前は可愛くなったよ骸。・・・さて、この後はどうする?」
骸の手は既に俺のYシャツのボタンを外しにかかっている。答えは、ない。
心地よい重みと圧迫感に、俺は目を閉じた。
 

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