MagicArt

□第4話
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 時刻は8時。言わずもがな夜である。ほぼ放任主義の家だから、夕飯は個々に済ませたし、別にこんな時間から外出したって何の問題も無い。

「あら悠くん、こんな時間にどこに行くの?」

 そう思っていた所に声を掛けられ、一瞬だけど動きが止まった。
 振り向かないでも分かる。この家で俺に話し掛けるのは1人しか居ないから。

「ちょっと……最近運動不足だからさ、身体動かしに行こうかなと」
「そうなの?」
「ああ、別に冬姉には迷惑は掛けないよ」
「あ、もしかして、またバスケ始めるの?」
「え?」

 まさか、予想もしていなかった言葉に思わず振り返ってしまう。
 そこに居た冬姉――冬華は満面の笑みを俺に向けていた。

「あ、えと……そうなんだ。またバスケやろうと思ってさ、だから基礎体力を付けようと……時間無いから行ってきます!」

 冬姉の笑みを見ているだけで嘘と言ってしまいそうなので、逃げるように家を後にした。


 * * * * *


 年が離れているかそうでないかはともかく、年上の兄弟は尊敬や憧れの対象になるのだろうか?
 もちろん俺だって冬姉の事は尊敬している。昔から何でも上手く出来ていたから、それを真似するだけで精一杯だった。
 神崎にも使ったかもしれないけど、冬姉も才色兼備と言う言葉が相応しかった。贔屓目無しに。
 そして、そんな言葉が相応しい姉を持つ俺は、いつも周りから比べられていた。母さんも出来の良い冬姉だけを育てたみたいだし。
 でも、何でも出来た冬姉に、俺はたった1つだけ勝つ事が出来たものがあった。
 それがバスケ。
 冬姉が始めたバスケを俺もやり始め、それが楽しくて一生懸命練習して、初めて冬姉に勝った。初めて褒められたのも、確かその時だったな。
 それからもバスケをやり続け、中学校最後の年の県大会も優勝を手にした。今の学校――灯之坂学園にも、実を言うとスポーツ推薦だった。
 そこまで入れ込んでいたバスケを何故辞めたのか?
 答えは簡単だ。負けたからだ。冬姉に。それも惨敗と言う惨めな形で。
 他の相手に惨敗とかならまだ良かった。また頑張って強くなって、それで勝てばいい。そう思えるから。
 だけど冬姉が相手ならば話は違う。バスケをやり続けたのは、冬姉に勝って自信が付いたのが大きかった。唯一勝てるものだったから。なのに、唯一勝てるもので惨敗した。今までの苦労は何だったんだろうと。
 その敗北をきっかけにして、俺はバスケを辞めた。それが理由。
 自分勝手な理由だと分かるけど、今まであったバスケへの熱意は全て消え去った。
 それは今でも変わらない、バスケをやろうなんか思う筈がない。さっき冬姉に言ったのは嘘だった。
 外に出る理由は他にある。
 勉強会が終わってからすぐに、神崎からメールが来た。その内容が夜8時に校門集合だった。
 直接言えばいいのに、いったい何の用だ?
 そんな疑問を抱きながら校門前に行くと、

「いつまで待たせる気なの?」

 開口一番そんな一言。確かに8時は過ぎてるけど、遅刻は5分。許容の範囲内じゃなかろうか?

「まぁいいわ。それじゃ行くわよ」
「え、どこに?」
「いいから付いて来なさい」

 有無を言わさない口調でピシャリと言い放つ。
 何と言うか……同じ才色兼備でもこうも性格が違うもんなんだな。
 そんな的外れな感想を思ってしまった。


 * * * * *


 神崎に付いて行った先は、街を流れる反田川の河原だった。明かりは土手の方しか無いから、結構暗いな。
 ちなみに反田川は流れは急な小さい川だ。上流の方は緩やかで浅く、水浴びが出来るとか何とか。まぁ行った事が無いから分からないが。
 学園に近いのは中流付近と言った所か。こんな場所で何をするつもりなんだろう。

「橘くん、精霊珠は持って来てるわね?」
「ああ、一応な。……って、まさか呼んだのって……」
「そ、特殊科の活動が止まってるけど、自主練は許可されてるから」

 そう言えば……俺の指導をする。みたいな事を言っていた気がする。
 もちろんこちらとしては有り難い事なんだが……初対面がアレだったから特殊科の印象はあんまり宜しくないと言うか……。
 まぁ、グダグダ言ってたって仕方ないか。

「まずは……自由に武具解放出来るようになってもらうわね」
「武具解放?」
「……武具を出現させる事よ」

 さっそく呆れられてる気がする!? 仕方ないだろ分からないんだから!
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