色々

□面影(昭和組
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「やっぱ、アンタは強ぇなぁ。」
「…は?」

今し方、ど派手にドンパチを繰り広げた末に
結局この日も、負け戦を納めてしまった己に。
この“王”の名を持つ男は豪快に笑って見せたのだから、さてはイヤミか?と、私が疑りの視線を向けてしまったのは無理も無い事だろう。

「負けた者に言う台詞ですか。」
「いーや、勝ち負けは1対1で闘ってから決まるもんだ。
今日の…と言うより、今までも俺達は勝ちじゃねぇ。あんなのは寄ってたかって数にモノを言わせただけさ。」
「変なこだわりをお持ちですねェ。」

純粋に思った事だ。数が何だか知らないが、“勝ち”は“勝ち”。
そこに手段も何も関係ない筈だ。
しかしこの男はそういった所を気にした。それが私には理解出来ない。
ましてや、

「分かりませんね。何故、こんな事を…」

敵で有る、私の傷の手当てなど…。
ご丁寧にこの“王”を名乗る男―ゴジラの自宅にて療養など…。

「あん?そらオメーよ。ほっといたら死んでただろうが。」

その通り。
今回はいつもにも増して傷は深く
飛んで逃げる体力すら無く、地面に伏せって意識を飛ばしてしまった。
正直、意識が薄れ行く中で私は死すら決意したと言うのに。

「わかりません…。」

あの状態ならば己を殺すなど、容易かったのに。

「オメーもこだわる奴だな。親切はありがたく貰っとくもんだ。よっこいせっ、と。」

自身の傷もまだ癒えぬうちに敵など気遣っていられるか?
考えるうちに身震いが起こる。
それは、戦いにおける生死よりも不可解で、どちらかと言うと
意識下に蔓延る“得体の知れない”ものに対する恐怖であることを。
認めたくは無いが、認めざるを得なかった。

「腹減ったなー、オメーも何か食うかぁ?大したもん無いけどよ。」

体の動作をゆっくり確かめながら、声をかける。
情けない事に、私ときたらそこまで身動きが取れず、ただ彼の布団に横たわっているだけなのだから分が悪い。

「い、りません。」
「あん?あったかいもんが食いてえか、そうか。」
「!」

言ってません!と叫ぼうとして止めた。
止めたと言うより、いきなり大きく息を吸った瞬間に酷く肺のあたりが痛んだ。
気付かれないように小さく胸のあたりを抑えて、痛みを噛み殺す。幸い、後ろ姿を向けている彼には気づかれなかったようだ。

なにやら料理でも始めるらしい彼の背を、ただぼぉっと見つめていると
妙な既視感を覚えた。
デジャヴ…しかし私にそんな記憶は無い。
こんな大男に料理を作られる光景など。
しかし胸の内を掬うこの感覚は消えるばかりか広がりに広がって
遂にはおかしな郷愁じみた寂しさすら私の心に寄越してくるのだから、笑えない。

「あちーっ!!!」

野太い声ではっと我に帰る。
見れば、大袈裟なまでにジタバタと手を振り回す、男。
挙げ句傷が開いたらしく腹を押さえて、唸る。

「何をしているんですか…っ」
「うるっせー!怪我人は黙って寝てな!」

もはやムキになっている。
呆れた、と言おうとして再びあの感覚に心を浚われる。

(――いったい、なんだという…。)

どう考えても、私の人生には無かった光景なのに。何故こうも…懐かしいような、切ない気持ちに…。

「あ…。」

いや、無い事は、無かった。

そうだ、私には昔こうやって料理を作ってくれた者が居た。
それは、こんな厳つい男では無くて
真逆な、小柄な女だった。――それは、妻だ…。

唯一にして、最後のつがいだった女。
取り立て美人でも無くて
不器用な女だったが。愛していた。

(そうだ…あの時も同じように…)

料理に失敗して、火傷して。でも決して私を台所に来させなかった。

そう、
天真爛漫で、前向きで明るくて、どこか豪快で。
容姿すら覗けば、今料理に奮闘する男は――

「はっ…嘘、でしょう…?」

ありえない。あんな男…ましてや髭面で筋骨隆々した男に愛しい妻の面影を見るなんて。

そんな想いに耽ってるなんて露ほども知らない彼は
出来上がったものをお盆に乗せやってくる。

「っ…!」
「おーい、やっと出来たぞ!…寝たのか?起きろー!」
「寝て、ないです。ちょっと、ほっといて、」
「せっかく作ったんだから食えよな!おい!」
「ちょ、やめっ!」

ああ嫌だ。自分でも判る。今の顔は、

「……アンタ顔真っ赤っかだぞ!?熱出ちまったか!?」
「出て無いですからっ!やめて下さい!」

顔を隠し布団に隠る。
せっかくの料理には申し訳ないと思うが、これ以上の失態は晒せない。

「仕方ねぇなぁー、置いとくから食えよ?」

彼が離れて行くも私は落ち着けない。
認めたく無い。こんなに脈打つ心臓も。
そして高鳴る想いも。

(嘘だ!)

好きかもしれないなんて。








終.

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