Short Story

□Mr.Valentineの微睡み
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 バリっと袋を開けて小さな三
角形のケーキをポイっと口に放
り込む達海を見て、黒田が慌て
た。

「ほ、欲しくねぇとは言ってね
ぇだろーが!」
「そうだよね、クロエはいまを
逃したら誰からもチョコレート
を貰えないもんね」

 ジーノの指摘は正鵠を射てい
たらしく、黒田がビシっと音を
立てて固まった。
 可哀相に、手加減してやれよ
……と思うも、面白いから放っ
ておく。
 石化した黒田を横目に、バリ
バリザバザバと開封した外装か
ら小分けされた包みをレジ袋に
中身を出して全てをごちゃ混ぜ
にしていると、ニュっと手が伸
びてきて定番のミルクチョコを
摘んだ。
 お、と思って見上げると村越
で、堅物なキャプテンが真っ先
に手を伸ばしたのは意外だった。

「……ごっそさん」

 チョコレートを簡単に噛み砕
いて飲み込み、カサカサと包み
紙を小さく結んでポケットに入
れた村越を見て、選手たちが次
々とレジ袋に手を伸ばし始める。

「あ、美味いっスね」
「シルベーヌとか超久々だなぁ」

 宮野が村越と同じミルクチョ
コを口に入れ、杉江は達海が食
べた掌サイズのケーキに手を伸
ばした。

「あーもーグダグダじゃねーか
……俺はホワイトがいい」

 黒田の癖に白が好きなのか、
と笑いそうになる。
 他にもイチゴ味は赤崎が人目
を忍んで持って行き、椿は意外
とビター味、世良はパイの実だ。
 各々が好きなチョコレート菓
子をモグモグしながらの締まら
ない練習開始。
 ま、たまにはいーでしょ……
と思いながらまだ余っている菓
子をつまみ食いする達海を、選
手一同が「相変わらずかわいい
なコンチクショウ」と眺めてい
たが、そんなことは微塵も感じ
ていないのが達海の達海たる由
縁である。

「監督、指先舐めないでくださ
い、行儀悪い!」
「えー、だってチョコレートつ
いちゃったんだもん、仕方ない
じゃーん」

 松原に叱られようが左右にス
ルーで取り合わない達海は、体
温で蕩けた甘い味を指先まで残
らず味わって、休憩中には口が
甘くなったと袋入りの醤油煎餅
をバリバリと食べている。

「……っとに、よくアレで太ら
ないよな、あの人」

 眺める堺の恨めしそうな声に
は石神がヘラリと笑う。

「ホントだよなー。こっちが頑
張って体に気ぃ使った食事して
んのに、ラーメンだのチャーハ
ンだの食いまくってんじゃん、
達海さん」

 体質なのか、食べても太らな
い達海の体は滑らかでしなやか
だ。
 情欲をそそるほどに。

「あ、でも……この間連れて行
ってもらったラーメン屋、あっ
さり味で美味しかったですよ」
「なに? 堀田、お前、いつ達
海さんとラーメン食いに行った
んだ」

 村越の問い掛けに、堀田がわ
ずかにたじろぐ。
 先週……と、鋭い視線に耐え
兼ねた堀田が吐くと、村越は眉
間にシワを寄せたまま重くため
息をついた。
 本当に誰でもたらし込みやが
って、などと呟く村越が達海に
向ける視線はいつでも熱い。

「なー、実際さ、ファンのコか
らいくつ貰ったの、チョコレー
ト」

 しかし、ひそかに嫉妬の炎を
燃やす村越など知ったこっちゃ
ない達海は、ジーノにそんなこ
とを尋ねてみる。
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