Short Story

□小ネタ集
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◆忘れ物にはご注意を!◆



 コータは走っていた。
 昼間、ETUのクラブハウス
で擦りむいた膝の手当をしても
らったとき、貰ったばかりの小
遣いを入れた財布を落としてし
まったらしいのだ。
 あれがなければ何も買えない。

「もー……なにしてんだよ、俺
っ!」

 すでに夕方だし、早くしなけ
れば母親に酷く叱られる。それ
はもう、父親が止めに入るのを
諦めてそっと居間から消えるく
らいに凄い勢いで。
 すこぶる恐ろしい――。
 と、慄きながら、さて、ET
Uのクラブハウスだ。

「……勝手に入っていい、のか
な……」

 不安だ。
 この上なく。

「普段、ひとりでクラブハウス
入ったりしないし……どうしよ
う」

 静かなクラブハウスのドアの
前に佇んでいると。

「あっれ〜? ユースのガキン
チョじゃん。なにやってんの?」
「……ぅわぁっ!? えっ、た、
達海!?」
「うん、達海だな。で、なに?」

 思わず呼び捨てにしてしまっ
たことを焦るより早く達海が尋
ねてきて、コータはモソモソと
いきさつを話した。

「ふーん、財布か。いくら入っ
てたんだよ」
「五百円……」
「お、大金!」

 少ない額を、と笑われるかと
思いきや、達海はアイス買えん
じゃん、と言いながらガラス戸
を開いてくれる。

「おら、早く来いよ」
「……! ありがとう!」

 コータはパタパタと中に入り、
医務室まで連れていってもらっ
た。

「あったかー?」
「……おっかしいなぁ……絶対、
ここだって思ったのに」

 床と仲良くなりながら財布を
探すコータと、やる気はなさそ
うだが手を貸してくれる達海が
医務室を荒らしていると、そこ
にふと別の人影が差した。
 ン、と顔をあげると、思わぬ
人物が立っている。

「……〜〜〜っ!?」
「ンあっ? おっ、椿じゃん。
どうしたよ?」

 そう、現在のETUの原動力、
7番の椿大介その人ではないか!

「や、なんか……財布忘れちゃ
って。ガブリエルになんでか無
理矢理身長計られにここ来たか
ら、もしかしてって思ったんス」

 最近活躍している椿の間近さ
に驚いた数秒を返して欲しいく
らいにヘタレた中身……しかも
自分と同レベル……に、あー、
と達海が苦笑する。

「見つからない財布が増えたな」
「えっ?」
「こいつも財布落としたんだっ
て。おんなじじゃん」

 達海がニヒっと笑うと、何故
か椿がそんな達海を見てふわっ
と笑った。

「でも、ここにはなさそーだぜ。
財布みたいなでっかいモンが落
ちてたら、すぐ見つかるって」

 むくっと立ち上がった達海の、
黒いジャージの膝には埃がつい
ていて、わざわざ屈んだ椿がぽ
んぽんと叩いている。
 少し変な光景だ。

「あんがと、椿」
「いえ……で、でも困ったなぁ
……」

 礼を言った達海も何かが少し
おかしくて、椿も何故か顔が赤
くなっている。

「……よし、事務室行ってみっ
か」
「あ、そっか……誰か見つけて
くれたかも!」

 達海の意図を理解したのはコ
ータが先で、今度は三人で事務
室へと向かう。
 そこには時々見かけるお姉さ
んがいて、コータはわずかに緊
張した。
 母親のような年齢の女性なら
いざ知らず、二十代の女性など
滅多に触れ合う機会がない。
 コータの担任は男の先生だ。

「財布? あぁ、届いてるよ。
椿くんには後で連絡しようと思
ってたの」

 ドクターが拾ってくれたんだ
からお礼言っておきなさいとい
う言葉はハキハキとしている。
 まるで母親のようだ。

「君のはこれかな?」
「あっ、はいっ! ありがとう
ございます!」

 青と黒の地に、スポーツメー
カーのロゴが入った財布を受け
取り頭を下げるコータに、女の
人は明るく笑った。

「どういたしまして。これから
は気をつけてね」
「はいっ!」

 優しいお姉さんだ、と思って
いると、不意に髪がするりと撫
でられて、達海がじゃーな、と
去っていってしまう。

「あっ、待ってください、達海
さん――永田さん、ありがとう
ございました!」

 言って達海の後を追う椿を見
ながら、コータは自分が達海に
お礼を言わなくてはならないと
いう事実に気づいた。
 一緒に財布を探してくれたの
だ。
 コータはお姉さんにぺこりと
お辞儀をすると、達海の後を追
った。
 そしてクラブハウスの、入っ
たことがないような場所にたど
り着いたコータは、きちんと閉
まっていないドアの向こうから
達海と椿の声がするのに気づい
てノックしようとしたのだが。

「……ぷはっ、長いって、椿」
「だって、ずっと我慢してたん
です。早く達海さんを抱き締め
たかったのに」
「バカ。だからっていきなりこ
んな……っとに堪え性のないコ
だな」

 ノックしようとしていた手は
完全に止まった。
 クスクスと笑う達海の声は先
ほどまでと違ってとても甘く、
椿の声もやけに熱っぽい気がす
る。
 コータはわけもわからずに心
臓が高鳴るのを感じて、ダメだ
と思いながらもドアの隙間から
そっと室内を覗いた。

「達海さん……もう一回、して
もいいですか?」
「……いいぜ」

 うっとりしている達海の声を
聞いた椿が、達海に顔を近づけ
た。
 え、と思う前にふたりの唇が
重なって、コータはそれがキス
だと気づく。
 男同士でなぜ、と思うより早
く、椿の手が達海のシャツの下
に潜り込み、コータは息を呑ん
だ。
 テレビで時々こんなシーンが
流れても、ふーん、くらいにし
か思わなかったのに……直に見
るキスはとてもいけないものを
見ている気分になる。
 椿は何度も角度を変えて達海
にキスをして、さらに舌まで絡
んでいるのが見えたし、キスの
音や吐息など、妙に甘くて熱い
ものがふたりを取り巻いている
のが生々しい。
 だが、なぜかそこに性的ない
やらしさはあっても、男同士だ
というのに、汚さはかけらもな
かった。

「ンっ……待て、椿。まだ五時
過ぎだぞ……?」
「ごめんなさい、待てません」
「ダメ……明日、立てなくなる」
「加減します」
「嘘つけ。いっつも、始めたら
朝まで、ずーっと激しいまんま
じゃん。今から始めたら、俺、
壊れちゃうよ」
「だって、達海さんがかわいい
から……足りないんス、何回し
ても」
「……バカだね」

 言って笑んだ達海の表情を、
なんと言っていいものか。
 小学生のコータには表現の限
界を超えた笑みを達海が浮かべ
て、コータは思わず……

「……!」

 自分が思った一語に驚き我に
返って、コータは慌てた。
 急いで、けれど音を立てない
ようにしてその場を離れる。
 いま自分が思ったことを――
嘘だと思いたいし、取り消した
い。
 だってコータはキョーコちゃ
んのことが好きなのに、

「達海のこと、めちゃくちゃか
わいいとか思うなんて……嘘だ、
間違いだっ!」

 クラブハウスを出て走りなが
ら、


 コータは何度もそう繰り返し
た……。






◆後書◆
コータくん、おかしな道に惑わ
なければいいんですが(笑)
ちょっと浮かんだ小ネタだった
ので、ちょこちょこっと書いて
みました。
コシタツにしなかったのは、椿
くんのが爽やかさを保てそうだ
と思いまして、こんな感じにな
りました!
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