Short Story

□あんはっぴぃ・ばれんたいん
2ページ/3ページ

「なー後藤ー」
「わ、どうしたんだ達海!死人
みたいな顔になってるぞ!」
「だって聞いてよ! ていうか
聞け!」

 一通り選手からもらったチョ
コを開封し終えた達海は瀕死の
状態で事務所の後藤のところに
行き、行き場のない憤りを後藤
にぶちまけた。

「もーやだウチのコたちみんな
してやること気持ち悪いよ! 
なんでこうなってんの俺が悪い
の、なぁ後藤!」
「ちょ、落ち着け達海! お前
らしくないぞ!」

 悪戯っ子達海をここまで凹ま
せるなんて何があったのかと慌
てる後藤に、達海は一枚の紙を
差し出した。

「……“好きです”?」
「チョコん中に入ってた」
「え、誰からの?」
「選手全員……」
「はぁっ!?」
「新手の嫌がらせだ、絶対そう
だ。あいつら明日、徹底的に潰
してやる」

 不穏なことを呟く程度には、
精神的にクる攻撃だった。
 最初の一枚、二枚なら笑って
いられたものが、書き方は違え
ど全てのチョコに添えられてい
ると軽くホラーである。
 なにを血迷ったか結婚してく
れと書いてあるものまであって、
だが誰も記名していないのでは
嫌がらせ以外の何物でもない。
 しかしキャンプのときに書か
せたアンケートでの筆跡などか
ら判別がついてしまうのが悲し
いところだ。

「嫌がらせって、本気だったら
どうするんだ」
「知らねーよ、むしろ知りたく
ねーよ」

 ぶすくれて唇を尖らせる達海
に苦笑いを浮かべる後藤が、ど
れどれ、と達海の部屋にある呪
いの手紙……もはやそうとしか
思えない……を見物にくる。
 大小様々なチョコに付いてい
た様々な紙片に、散々書かれた
愛の言葉。
 全てを読み終わった後藤は声
を出さないまま肩を震わせ笑っ
て、達海はそんな後藤の背中に
蹴りを見舞った。

「笑ってる場合かよ!」
「わ、悪い……でも、ぶはっ…
…いやぁ、よくもまぁ、全員こ
んな……ははっ」

 後藤は達海のベッドに座った
まま笑いを抑えられない様子で、
いつもとはまるで逆だ。かなり
面白くない。

「……よし、わかった。お前も
覚悟してるよ、後藤」

 いいことを思い付いたと悪い
顔で笑うと、目に涙まで溜めて
笑っていた後藤が一瞬で凍り付
き、引き攣る。

「た、達海?」
「笑えねー状態にしてやっかん
な」
「な、達海、すまん、笑って悪
かった!」
「知らね」
「達海〜!」

 後藤の情けない声は面白かっ
たが、達海はニヒヒ、と笑いな
がら、悪巧みに余念がない。

「お前、怖いよ、達海……まぁ、
いいか。医務室にアイス補充し
といたから、食って機嫌直しと
いてくれ」

 後藤は、でもやっぱり怖ぇな、
と言いながら達海の髪を撫でて
事務室へと戻っていく。
 達海は医務室の冷蔵庫からチ
ョコバーのアイスをかじりなが
ら、明日の計画を練り込んでい
た。


 ※ ※ ※


「おーい、後藤ー」

 翌日、選手一同が集まってい
るグラウンドに入ろうとしてい
た達海は、毎日わずかな時間だ
が練習を見に来る後藤を呼んだ。

「ん? どうした、なんかあっ
たか」

 いつもと変わらない達海の呼
び掛けに、昨日の不穏さなど忘
れているらしい後藤が近寄って
くる。
 コーチ陣はまだ来ていない。
達海が手を回して、少し時間を
遅らせると言ってある。

「うん……あのさ、後藤」

 達海は目の前に立った後藤に
向かって、思い切りはにかんで
見せた。

「えっ、」

 後藤がビクッと震えつつ赤く
なるのと同時に、選手の視線が
集まるのを背中で感じながら、
達海はジャージのポケットから
シックな包装の箱を取り出した。

「これ、昨日渡し損ねたからさ。
いま渡しとかねーと、またタイ
ミング逃しそうだから、渡しと
くな」
「え、た、達海」

 後藤が慌てるのを無視して、
はい、と箱を手渡す。
 後藤は焦りつつ、なおかつな
ぜかとても赤くなりながら達海
が渡した箱を見つめて手の中で
弄んでいる。もちろん箱の中身
はチョコレートだ。昨日あの後、
コンビニにサンドイッチを買い
に行くついでに購入した。

「後藤、甘いのよりビターとか
のが好きだったよな?」
「あぁ……そんなことよく知っ
てるな」
「当たり前じゃん、後藤のこと
だもん。ずっと……見てたんだ」

 一応、嘘ではない。
 チョコレートのアソートなど
があると真っ先に甘いのを取る
のは達海だが、後藤は苦いのか
ら取る。
 苦いのよく食べるなぁ、と感
心しながら見ていたのだ。
 だが、その達海の発言に選手
たちがザワつく。

「た、達海……!」

 後藤が冷や汗をかきながら照
れるという離れ業をやっている。

「……後藤、これからも俺のこ
と、見ててくれる?」
「あ、当たり前だろう!」
「よかった。後藤が側にいてく
れねーと、俺……」

 ここでわずかに目を伏せて、
少しだけタメを作った。

「あ、ごめんな、変なこと言っ
てるよな。練習終わったら事務
室行っていいか?」
「あ、あぁ……」

 コーチ陣の姿を目の端に捕ら
えて話を打ち切る。
 既に選手たちの鋭すぎる視線
が後藤に突き刺さっているのを
感じつつ、達海は松原が到着す
るのを待って、問答無用で練習
を始めた。


 その後選手たちから寄ってた
かって後藤が責められているの
を、達海が悪い顔で眺めていた
のは言うまでもない……。



>>後書きへ
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ