Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【09】
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 少し固めのソファーは色合い
もシックで、1LDKのマンシ
ョン全体が小綺麗だ。後藤は相
変わらず几帳面で……達海より
は、だ……窓辺に置かれたいく
つかの写真もきちんと年代順に
なっている。

「……仕事じゃないよ」
「ん?」
「あのな、私服で仕事はしない
だろ。お前に会いたくなって行
ったんだ、達海」

 甘やかな後藤の言葉にキョロ
キョロと落ち着かない視線を走
らせる達海は、いつもはこんな
に動揺したりはしないのに、今
日に限って何故か耳まで熱くな
ってしまい、意味もなくビール
の缶を弄んだ。

「ははっ、今日はずいぶん素直
だな」
「るせっ! 俺だってわかんね
ーよ、なんだってこんな、ガキ
みてーに揺さ振られてんのか…
…ちくしょ」

 ふて腐れた顔でそっぽを向く
達海の頭を、後藤の大きな手が
撫でる。
 いつも達海の素肌を愛撫する、
官能と情愛の象徴のような手。
 後藤は毎回とても丁寧に達海
に触れる。それが堪らなく好き
で何度も体を繋げたが、特に後
藤から想いを告げられてからは
ベッドの上で後藤が見せる力強
さに身を委ねてるのが最高に心
地よくなった。もちろん、そん
なことを本人に言ったことなど
ないが。

「……あのさー後藤?」
「どうした?」

 くるっと体を後藤の方に向け
て、達海は暖かな眼差しを見つ
める。
 小さく息を吸った。

「後藤にさー、言ってないこと、
たくさんあるよ」
「うん」
「十年間、どうしてたとか……
十年前、どうして、とかさ」
「そうだな、ずっと聞きたいと
思ってたよ」
「やっぱりか」

 ガリガリと頭を掻く。
 聞かれなかったから、改めて
話したことはなかった。
 だが、感じていてもよかった
はずだ。後藤は、話してくれと
は言わない。後藤がいつでも自
分を信じてくれるというのは本
当だろうが、それに甘えていい
はずはない。
 達海は何から話せばいいのか
を懸命に考える。すると。

「達海、もしかして、いまから
全部話そうと思ってくれてるの
か?」
「ん? あー、うん。だってお
前、今朝変だったろ」

 言うと、後藤はふっと笑って
達海の前髪を引っ張ると、額に
唇を寄せた。

「なんだよ」
「ありがとうのキス」
「は?」
「俺が怖かったのは、お前があ
のとき負った傷の中身を知らな
いってことじゃない。傷を見せ
てくれないんじゃないかってこ
とだよ」
「……わかんねーよ」

 どう違うのかよく理解できず
にいると、ビールをテーブルに
置いた後藤が達海をやわらかく
抱きしめて、現役の頃に比べれ
ばだいぶ薄くなった背中を撫で
てくれた。

「今朝は、驚いたせいで平静じ
ゃいられなかったけど、もう大
丈夫だ。お前が聞いて欲しくな
ったら話してくれればいいさ」
「でも、聞きたかったって……」
「そりゃあな」
「だったらさー……」

 ぎゅっと後藤のシャツを握る
と、耳元で微かな笑い声がして、
達海の心臓が早くなる。

「なに笑ってんだよ」
「あぁ、ごめんごめん。俺が入
りたての頃の話したせいで、お
前、ずいぶん感傷的になってる
だろ。昔に帰ってどーのこーの
なんて、お前が自分からする話
じゃないもんな」

 たしかにそうだ。
 誰に対しても、達海は自分の
やり方で接してきたし、他人を
振り回しこそすれ振り回される
ことはほとんどない。
 だから村越との喧嘩が存外に
響いていたのだろう。芋づる式
におかしな方向に向かってしま
った。
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