Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【08】
2ページ/4ページ

「ジーノはネーミングセンスあ
るなぁ」
「は、はい?」
「まさに犬。犬っころ。俺もバ
ッキーって呼ぼうかな」
「え、え?」

 椿ははてなマークを大量に飛
ばしながら、それでもなんとな
くニコニコしている。
 なにがそんなにおもしろいの
か、と思って、達海は椿の、ま
だあどけなささえ残る頬をぶに
ーっとつっついた。

「か、監督っ?」
「おー、若いねー、手触りが!
 なにお前、もしかしてなんか
お手入れとかしちゃう派? 最
近のコは男でも肌つや気にした
りすんだろ?」

 後藤とも村越とも違う、まだ
まだ滑らかな線が珍しくて遠慮
なくぺたぺたと触ると、椿は見
る間に真っ赤になって、動揺か
ら口も利けなくなってしまった。
 はっきり言って相当おもしろ
い。

「椿はあれだな、どう頑張って
もゴツくはならないタイプだな
ー」

 ついでにと胸板やら腕やらに
触っていくと、椿は何故か半泣
きになりながら弱々しい声で、
「監督……もう、俺……無理っ
ス……」と呟いた。
 意味がわからず首を傾げると、
突然襟首を掴まれ、椿から引っ
ぺがされる。

「ぐえっ……何すんだよ、村越
ー」

 前の席に座っていた村越がシ
ートの向こうから達海の襟を引
っ張ったのだ。
 ジト目でこちらを睨んでいる
村越が、声には出さずに、やり
過ぎだ、と言って、耳まで真っ
赤になっている椿がスーツの裾
をぎゅっと握りしめながら下に
引っ張っているのを見て、ひそ
かにため息をついている。
 まったくもって意味がわから
ない。
 怪訝な顔をしていると、突然、
椿が後ろの席からの衝撃で飛び
上がった。

「ひぃっ!」
「おわっ! 赤崎ー、お前ね、
なんてことすんの、大事なバス
に」

 思い切り蹴りを入れた相手は
不機嫌顔の赤崎で、隣にいた堺
が酷く迷惑そうな顔をしている。

「スンマセン。でも、椿は助か
ったんじゃないスか、今ので」
「はっ?」

 見れば確かに、椿はいくらか
力が抜けたようになっていた。

「つーか、椿にあんまベタベタ
してっと、誤解されますよ」
「誤解? なんで? 誰によ? 
ていうか赤崎、お前はなんでそ
んなに拗ねてんだ。もしかして
椿みたいに触って欲しいとか?」

 冗談めかして言ってみると、
何故か赤崎は過剰に反応して見
せた。

「さわっ……な、馬鹿じゃない
スか!」
「なーっ、おっまえ、監督にむ
かって馬鹿とか言うかぁ?」
「うっさいっスよ! 信じらん
ねー!」
「馬鹿でうっさいって、なに、
俺、赤崎に嫌われてんの、堺?」
「……そこでなんで俺にふるん
スか!」

 くりっと振り返って堺に質問
をシフトすると、他人事だと思
って傍観していたためにより驚
いたらしい。ギョッとしながら
体を引いた堺が、隣にいる赤崎
を僅かに盗み見てから嫌々とい
う様に答えた。

「嫌われてたら拗ねないんじゃ
ないんスかね」
「あ、そっか。えーじゃあなん
で馬鹿でうっさい?」
「俺が知るかよ」

 苛立ちと呆れを含んだような
堺の声音に、達海の唇が尖る。

「そっかー。赤崎じゃなくて、
堺が俺んこと嫌いなんだな?」
「な、なんでそうなるんスか!」

 焦りを含んだ堺にツーンとそ
っぽを向いてから座席に座り直
す達海を、椿が恐る恐ると言っ
た様子で伺ってくる。
 相変わらず、わけもわからず
なんとなくニコニコしているよ
うな、そんな顔で。
 達海はそんな椿の視線を受け
ながら、シートに体を預けて静
かに目をつむった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ