Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【06】
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 やはり謝らなくては。
 あんな顔をさせたのにいまさ
らだが、許されるのを待ってい
て何になるというのだ。
 村越は立ち上がり、達海の部
屋に向かうことにした。
 シャツとハーフパンツ、いつ
もと同じ格好だが、これまで遠
征先の達海の部屋を訪ねたこと
はなく、何故かとても緊張する。
 一つ上の階に取られている部
屋に行こうと、落ち着かない気
分でエレベーターを待っている
と、不意に近くの部屋が開く音
がして緑川が出てきた。

「どうした、村越」
「……緑川さんこそ、どうした
んだ?」
「あぁ、下に入ってるコンビニ
行こうかと思ってな」
 緑川はカチリと下行きのボタ
ンを押す。
「村越も行くか?」
「え、いや、俺は……」
「……あのな、村越。あんまり
思い詰めた顔してると、達海さ
んが心配するんじゃないのか」

 まだ来ないエレベーターを待
って隣に立っている緑川は、い
つも通りの口調でそう言った。
 驚いて緑川を見ると、ベテラ
ンキーパーは階数表示を見上げ
たままである。

「あの人はあれでいて、よく目
の届く人だ。頭も切れる。その
反動か、サッカー以外のことは
まるで駄目だけどな」

 静かに語る緑川は、達海の現
役時代の代表だ。
 何度もゲームをしただろうし、
達海のシュートを止め、または
入れられもしているだろう。
 ルーキーだった年に達海に移
籍された村越よりもはるかに長
く、ピッチでの時間を共有して
いるはずだった。

「あの人の相手は大変だろうが、
お前はどしっと構えてろよ。達
海さんはお前の、後藤さんにな
いところに惹かれたんだろうか
らな」
「緑川さん、気付いてたのか」
「赤崎が落としたのは爆弾なん
だってことに気付いた奴は、俺
の他にもいるぞ」

 たしかにあれは爆弾だった。
 色々な意味で様々な方向にダ
メージを与えてくれた赤崎を頭
の中で再起不能にしておいて、
村越は無言のままため息をつく。

「安心しろ、達海さん相手なら
皆、納得する。あの人はとんで
もなくいい匂いがする花だって
ことくらい、誰の目にも明らか
だ。寄ってくる虫が多くて大変
そうだけどな」

 上手い例えと言うべきか乙女
ちっくな発想を突っ込むべきか、
微妙な発言に黙り込んでいると、
チン、とエレベーターが着いて、
緑川が乗り込んで行く。

「まぁ、頑張れよ」

 そう言った緑川が扉の閉まり
きる瞬間、息が詰まりそうな言
葉を口にした。

「俺の分もな」
「……!」

 エレベーターはすぐに下に向
かって動き始め、村越はしばら
くその場から動くことができな
かった。
 達海に惹かれた経験があるか
ら、村越を励ますようなことを
言ったのか。緑川がいつ達海の
ことを好きだったのか……ある
いはまだ好きなのか。
 そんなことを考えながら五分
は佇んでいただろう。やっとで
上に行くためのボタンを押した
村越は、いま自分がどんな顔を
しているのか、まるでわからな
かった。
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