Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【02】
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 後藤のあまりに率直な申し出
に、村越は反応しない。予想の
範囲内だったせいだ。

「達海も困惑してる。一回だけ
だと思ってたのに何回も求めら
れて、おまけに想像できる理由
が理由だけに切ることもできな
いってな」
「理由?」

 始めて村越の表情が崩れる。
 後藤は内心で達海の軽率さに
悪態をつきながら、村越を真っ
直ぐに見て口を開いた。

「達海は、お前が自分を抱くの
は十年前の禍根を拭えないせい
だと思ってる。今、ETUの指
揮を取るあいつが背負う一番痛
いところだ」
「痛がってるようにゃ見えねぇ
スけど」
「達海が傷付かない人間だとで
も思ってるのか、村越」

 声を荒げるでもなく言われ、
村越は沈黙した。
 いつも飄々としている達海と
いう男が消沈している姿など想
像もつかない。
 それとも……ETUに監督と
して戻ってきてから一度だって
過去を自ら口にしたことがない
のは、何らかの痛みがそこにあ
るからなのか、という思いが一
瞬だけ頭をよぎった。

「とにかく、これ以上あいつを
追い込まないでくれ」
「……お断りします」

 僅かに空いた間は、冗談じゃ
ねぇ、という言葉を飲み込んだ
せいだ。
 達海ではあるまいし、年長者
に対する一応の礼儀は持ち合わ
せている。ただし、当の達海に
対してだけは礼儀云々など無効
だが。

「だいたい、その理屈なら後藤
さんだってあの野郎に手ぇ出す
のはやめなきゃならねぇと思い
ますけど。自分のこと棚に上げ
て、他人に説教するのはおかし
くないスか」
「残念ながら、俺は達海にちゃ
んと自分のことを明かしてる。
強姦スレスレのお前とは違うぞ、
村越」
「……」

 ちっ、と、舌打ちをして視線
を下に向ける村越を、後藤は複
雑な気分で眺めていた。
 なんとなく、一番悪いのは態
度をはっきりさせない達海では
ないのかと思ってしまうからだ。
 自分にも村越にも侵入を赦し
て、一歩間違えばただの節操な
しではないか。達海の恋愛に関
してのメンタル面を含めたスキ
ルが小学生以下なのだと知らな
ければ、確実に達海を非難して
いる。
 無駄に体が成長して感度もい
い方だったのが災いして、達海
の気持ちが育ち切る前に関係を
持ってしまったのも要因のひと
つだ。
 昔から女相手でも特定の相手
というよりは迫られて流されて、
なし崩し的に付き合っていたの
が達海なのだ。
 まぁ、内情を知らない彼女た
ちは例外なく、何を考えている
のかわからない達海に愛想を尽
かして去って行ったのだが。

「あの野郎が後藤さんに惚れて
るってんなら考えますけどね。
見てる限り、まだ俺にも狙い所
はありそうだ」
「狙い所、か」
「あんたは気付いてるでしょう
が、後藤さん。あの激鈍野郎と
は違って」
 俺がなにを言いたいのか知っ
てるはずだ、と、村越は鋭い眼
で後藤を射抜く。
「想像はつく。でも、確定じゃ
ないからな。はっきりしない奴
に達海を惑わされるのは迷惑だ」
「……渡さねぇよ」

 低く唸るような声が村越の喉
からこぼれた。
 その顔がすでに達海に溺れた
者の顔だとわかるのは、後藤も
同じだからだろう。
 本当に本気で村越は達海を取
りに来る。

 やはり達海のことは一発くら
い殴っておくべきだ、と、後藤
は思った。
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